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パミールの祝い事  [タジキスタン・ホルーグ]

冬訪れたときに景色が良かった場所まで、山肌を伝って登ってみた。
雪化粧の時は水墨画の世界で、雪崩の音が響き渡る谷には妙味があったが、
春の景色はあまり迫力が無いもんだ。
そんなことを思っていたら、そのうち近くで音楽が聞こえてきた。

音を辿って一軒の家の門まで来ると、
おじさんが、入れ入れ、と誘う。
誘われるがままに入っていくと、屋敷の中では大人数の大宴会が催されていた。
この家のおじいさんが70歳の誕生日を迎えたそうな。
親戚、ご近所が大勢集まって皆でお祝いの最中だった。

呑む、食う、歌う、踊る、、、

ここらの人は老若男女踊り好きだ。





party in khorog tajikistan
踊ります。





party in khorog tajikistan
食います。





party in khorog tajikistan
おじいさん70歳ですって。





party in khorog tajikistan
老いも、





party in khorog tajikistan
若きも、踊ります。





party in khorog tajikistan
みんな楽しそう。おめでとう。





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今日のおなご@ホルーグ・タジキスタン

portrait tajikistan



ホルーグにて。
とあるお爺さんの誕生パーティで会ったこの女の子は、
踊り好きなホルーグ人の中でもひと際目立っていた。

この辺りの人は歌や踊りが大好きで、
宴会がある度に踊っている。
いや、嬉しいときだけじゃなく、
暇つぶしのため景気付けに踊ることもあるようだ。
雪崩で車が足止めを食った時がそうだった。

次回はそのおじいさんのパーティについて。





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白鳥の湖   [ウクライナバレエ観劇記]

2012.01.17 ・雑記帳





衝撃的に面白いと感じることがあったので、
今回は、順番を飛ばしてリアルタイムのUPです。
知り合いの知り合いの妹さんがバレリーナで、入場券を頂いたので観劇しました。
以下、先日1/15ウクライナ・ルヴィヴでのバレエ観劇日記より。



初めてバレエを見たのは、タシケントのナヴォイ劇場だった。
その時は想像していた以上に面白いものだと感激した。 
今日観た『白鳥の湖』は、以前のものよりもずっと本格的。
チャイコフスキーに縁のあるウクライナでの観劇となると心も弾む。
小ぶりな劇場ながら、生オーケストラが舞台前に潜む。僕らは3列目の席に座る。

以下、観ながら思ったことを徒然と。

バレエを初めて観た時には想像以上にコミカルなものだと感じた。
衣装のぴっちりタイツなどのせいもあるだろうが、
足の運びかた、リズム、ぴょんぴょん跳ねるような動作がコミカルに感じたのだと思う。
今日あらためて観て、やはり陽気なものだと思った。
栄光、歓喜、美、ハッピーエンド、キーワードを並べてみるだけでも、
劇の全体を通して、肯定的な色合いが強い。
(もちろん悪の象徴も登場するのだが、あくまで引き立て役である。
 善を描くには悪の存在とそれとの対比が必要だというほどの意味合いでしかない。)
人生に肯定的な陽気さは、その独特な踊りの表現形態によっても引き立てられる。
リズミカルに軽快に、くるくるまわったり、手足を上げ下げしたり、
まるで巨大な機械仕掛けの人形たちが盤の上で動いているかのような、
朗らかさ、軽快さがある。

こんにち、観劇というと映画だろうか?
劇場という言葉で指すものとしては同じだ。大きな箱、暗闇、明るい舞台上。
だが、音楽は一方は生オケだが、一方は一度録音されたものをスピーカーで流すだけ。
演劇も一方は一回きりのぶっつけ本番。一方は録画された一本を何度も再生する。
どちらも大量生産を可能にした効率的な形態だ。
20世紀の大衆化、大量生産の時代を経て、
我々の社会ではいつの間にか芸術までもが大量生産可能になってしまったようだ。
そして、生まれた時からそういう芸術に触れている時間の方が遥かに多い僕なんかは、
バレエを観て衝撃をうける。

バレエでは舞台上の四隅までを隈なく使って、踊りが表現される。
観ている内に、
ああ、フィギュアスケートの基はバレエだったのか、と今更ながら気がついた。
軽快なリズム、手足を大きく広げたジャンプ、くるくる回転する形などはそっくりだ。
フィギュアのTV中継では、
「来たートリプルアクセル!」などとアナウンサーが絶叫して解説する様を見て、
もっと落ち着いてじっくり見れないものかと、よく苦々しく思ったものだ。
音楽が流れ、それに合わせてフィギュアのスケーターは踊っているわけだから、
肝心の音楽も合わせて聴かなきゃ台無しだし、良し悪しも判断できないだろうに。
うるさい解説だ、と思っていた。
しかし、いや、見方を変えてみれば、
日本では解説者がそうでもして盛り上げていかないと視聴者が着いて来ないのか?
という意地悪な見方も出来てしまう。
自分も含めてバレエなんて高尚な劇には縁遠い日本人の方が圧倒的に多い訳で、
バレエ観劇と同じ姿勢でフィギュアを観るというような趣味の人間も少ない訳で、
そうなると違った角度からフィギュアを啓蒙していかなければいけない訳で、
そうして行き着いたのが、スポ根物語的なイケイケ解説=
必殺技が決まったー!感☆涙涙!!!なのかも知れない。

なんにしても、バレエ観劇なんてなものが身近な芸術としてある国民は、
フィギュアスケートに対する見方も大きく違うのではないかと空恐ろしくなった。
特にハイカルチャが人民のものとして解放され、劇場が身近だった旧ソ連なんて、
フィギュアスケートへの接し方一つとっても土壌がよほど違うのだろう。
(米原万里女史の「嘘つきアーにゃの真っ赤な真実」と言う本のベオグラード
 に関する編で、社会主義体制が崩壊して一番困ったのは観劇料が上がったので、
 以前ほど文化的な生活を送れない、とユーゴ人の幼馴染が言うシーンがあった。
 旧ソ連でも同じ変化はあったのだろうが、今日の劇場内でも子供の比率の高さが
 目立っていたし、身近であることには変わりなさそうだ。)

ところで、演劇の特徴を取り入れて、氷上で表現するということであれば、
日本発で能フィギュアや歌舞伎フィギュアなんてものを発明した方が
よっぽど革命的かもしれない。
歌舞伎はちょっと五月蝿すぎるか。
能の世界を氷上に再現したら、幽玄で良いかも知れない。


日本も含め旧西側の人間からすると、クラシカルなハイカルチャは、手に届きにくく、
一部の上流階級が貴族趣味を満足させるために関与しているもの、
なんてなイメージがあるが、旧東側にあっては人民のためのもので、
旧ソ連の主要な都市には立派な劇場が建てられていた。演じ手は生活が出来、
観劇者も安い観劇料で見ることが出来るので触れる機会は圧倒的に多かった。
もちろん、こうした「公式な」芸術が模範化された裏には、
ジャズやロックなど西側では戦前戦後と流行ったような
新しい形態のものが排除禁止されたという事実もある。

自分の個人的な音楽遍歴で言うと、
いわゆるカウンターカルチャにどっぷり染まってきた、
というか、それしか知らない時代に生きてきた世代である。
最初に入ったロンドンの学校ではビートルズのイエローサブマリンを習い、
日本の中学校では、親の世代のポップスを合唱するような音楽教育しか受けてない。
そんな人間が、がちがちの本物のバレエに接したとき、衝撃を受けるのも仕方がない。
まるで地球の裏側から来た?いや鉄のカーテンの向こうから来た?
表現は何でも構わないが、まるで未知のモノに出会ったくらいの衝撃がある。
裏の裏は表に戻るのだ。今まで知らなかったハイカルチャ側こそが、
自分にとってのカウンターカルチャなのかもしれない、という奇妙な発見。


ロシアには行ったことがないので、ウクライナの話になる。
独立後のウクライナは公然とロシア批判が出来るようになっただけあって、
「脱露入欧」的な気分が強いため、ともすれば、
1991以前への感情がソ連への反感とロシアへの反感が入り混じっていることもある。
昔の世代に比べると、とくに若い世代に欧州思考が強いようだ。
そうした雰囲気を反映してか、英米産の「洋楽」が結構もてはやされるようだ。
英語の歌詞が理解できる者は少ないだろう。が、街の商店やラジオではよく流れている。
日本での洋楽の受け入れられ方に似ているかも知れない。
(だからウクにあっても「洋楽」である。)
例えばギターでロシアの歌を弾き語りするよりも、
洋楽を弾いた方がウケが良いなんてこともしばしば。
ちょっと昔の90年代の洋楽、レジオヘッドとかオアシスとか
ボンジョビとかガンズ&ローゼスとか、
自分は古いし恥ずかしいから歌いたくないと思っていても、
ウクの若者たちにはウケ良かったりする。
部外者としては、今後この国も標準化されつまらなくなって行くのかな、とも思うが、
それはロシア化された過去に既に経験済みのことでもあるのか。


話をバレエに戻そう。
さっきも映画との違いを考えてみたが、ソフト面でも比較が出来るだろう。
現代の映画は基本的に写実主義である。
片や、太古以来の人類の芸術は、
自然界を人間の創意によって切り取ってきた歴史でもある。
それらデフォルメされた作品たちは寓意に満ちていて面白い。
バレエも人間が白鳥を演じたりする。見立ての概念があるわけだ。
現実感を追求した写実主義よりも
想像力が駆使された創造物は読み解きの面白さがある。
ところで、現実世界自体をデフォルメした上で無いと
そもそも物語の構築なんて出来ないのではないのだろうか?


今回のバレエの中では、
そうしたデフォルメされた物語の中における「道化」の存在が面白かった。
白鳥たちに混じって踊ったり、王や王女の傍に座ったり、王をからかったり、
と、縦横無尽でこだわるところがない。
身分や性別、役割などを超越した存在なのだろう。まさにジョーカーだ。
最後に主人公二人に次いで拍手を受けていたのが、道化だった。

ところで、一般的に踊りには、それぞれ独特な形態があって、
特徴的でない踊りなんてものは皆無なわけだが、
その例に漏れず、バレエも非常に特徴的だ。
バレエシューズを履いて、姿勢よくつま先だって、
足を大きく上げたり、手を羽ばたいたり、する。
一番バレエらしい特徴は、爪先立ちだろうか?
爪先立ちには理由があるような気がする。
無音で踊ることがバレエにあっては重要なのであろう。
オーケストラが音を奏で、無言(せりふは無い)なのがバレエだ。
音楽を邪魔することなく、踊り子たちは、手足身体の動作だけで表現する必要がある。
そうした制約から生まれた特徴的な形態なのではないだろうか?

そういえば、旧ソ連を旅していて思ったことがある。
皆、よく「訓練」されているのだ。
学校、軍隊、家での躾など、訓練をほどこすチャネルはさまざまだろうが、
共通の美徳が存在していたことは確かだろう。
身近なところ、一般人で言うと、居佇まい・姿勢の良さなどの行儀良さ。
流暢に言葉を操り演説する作法。
スポーツマンとしてのトレーニングや心掛け。禁酒禁煙。雪の日でも走り込む。
もちろんこうした訓練が全員が全員に行き届いている訳ではないが、
こうした訓練が尊重される美徳や価値観は共有されているのだと思う。
バレエの背筋をピンっと張った踊り子達を見ていて、そんなことを思った。


しかし、3幕は結構長いな。約3時間か。
集中して観ていたのは2幕目の真ん中辺りまで。
途中でぼっとしてる自分に気づいた時、
“うん。眠気を誘うシーンも必要だよな。物語はメリハリ。
音楽も強弱。静けさの後にぼーんと行くから迫力や躍動感があるのだ”
と言い聞かせたが、
その数分後には、“今晩のおかず何にしようかな?”なんて考えていた始末・・・




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5月9日の春うらら  [タジキスタン・ホルーグ]





ホルーグ。
冬来たときは、水墨画の世界だった。
白と黒とその中間だけの色。


春は良いものだ。色がある。
が、着いて早々、街全体がお祭り気分で華やいでいたのは、
別に季節だけが理由ではない。


その日は5/9。
第二次世界大戦のヨーロッパ戦線が終結した日。
この「大祖国戦争」に勝利した日はソビエト連邦では重要な日だったのだ。


タジキスタンの辺境ホルーグ。
タジキスタンはソ連で一番貧しい共和国だったという。
ホルーグはまた「ソ連」の辺境でもあった。
独立後は、モスクワからの補助もなくなったのだから、
ソ連時代に輪をかけて貧しくなったとも言えるだろうか。


この町にはレーニン像が往時のまま建っており、
ソ連時代のことを懐かしく語る人も多い。


5/9の記念日もここらの人々にとっては、
当たり前のように連続しているものなのかも知れない。
子供たちは記念日に寄せて絵を書き、
若者たちは擬製の銃を持って叫んでいる。
無垢で無邪気な行いのようだ。


これだけ見たら、時間が止まっているかのようにも感じる。


でも、たとえば道路などのインフラに目を転じれば、事情は違う。
最後に改修されたのがソ連時代なのでは?というものも多い。
それらは確実に年々すり減っていて、今やデコボコ道ばっかりだ。


時計の針は着々と進んでいて、蝕まれるものは蝕まれていて、
それでも、人の考えはなかなか変わらなかったりするのだろうか?







春ですね。







学校の課題で5月9日について描くのだろう。右の方は出征者の顔写真がずらりと並ぶ。







町中がお祭り気分。







市場の肉屋のおじさんは、こちらが日本人だと分かると、
懐かしそうに、兵隊時代は潜水艦乗りでオホーツク海を巡回していたのだと語った。







町の中心にはレーニン像が何事もなかったかのように建っている。ここは町役場だったかな? 







春ですね。







うらーーー!!!





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束の間のパーティ  [タジキスタン・ホルーグ]





ホルーグに着くと、
サマルカンドで会った、韓国人のジン、シンガポール人モーゼの二人と合流した。

ホルーグでは、冬に来た時にも泊まったパミールロッヂへと、まず赴いた。
前日、満室だったようで、半屋外の東屋みたいなスペースに二人が寝ていたのだ。

彼ら2人も合流し我々4人で、ワハンを目指すこととなった。



イスラエルのニルは、この旅の直前までロンドンで2年ほど働いていた。
それに加え、モンゴルと中国へ長旅をした事があるという彼とは、話が合った。
サマルカンドでは毎晩ビールを数本リットル開け、
冗談ばかり言っているうちに仲良くなった。
サマルカンド滞在中に彼が誕生日を迎えたので、
ケーキを買って祝ったら、いたく感激してくれた。
話をしてて、さすがイスラエル人賢いな、と思わされることも多いが、根は純粋なのだ。
物売りに声を掛けられたときも「ヨック。ハイル。(いいえ。さよなら。)」と、
ただ二つ知っているウズベク語で返す。無骨な男なのだ。



韓国のジンは、中国で数年働いていた。
その後、旅に出た彼は、南米を巡ってから、アフリカを北上し、
シルクロードを通って韓国を目指していた。
英語は今回の旅の途中で話せるようになった、という彼は、
英語の会話ばかり続くと、たまにフラストレーションが溜まるようだった。
でも、南米アフリカと、全く異なる文化圏を歩いてきた彼は、
すぐに現地民と打ち解けられるようだった。いや、それは性格なのか?
感情と表情が直結しているような気持ちの良い性格なのだ。
彼は良い写真を撮る。
3つの大陸を歩いてきた彼のカメラがボロボロに汚れていたのは、印象に残っている。
ブラジルでは、いきなり後ろから角棒で殴られ、数人に殴る蹴るされたが、
カメラを握る手だけは離さないでこらえた、と苦労話をしてくれた彼が、
中央アジアが一番難易度が高い、と、ため息をついた時には意外に感じた。
(→ジンのブログ



そして、モーゼスはシンガポール人の学生だ。
両親がそれぞれ中華系と印度系。シンガポールの縮図のような血筋だ。
とっても社交的。
あらゆる国籍が集まっていたサマルカンドの宿でも、
初対面だろうが誰彼かまわず、笑顔でさらりと話しかける。
ああ、さすがシンガポールと思った。
僕が、“シンガポール人の旅人に会うことは珍しいな。
最近の若いシンガポール人はこんな旅をするの?”と率直に聞いたら、
“全くいないよ” と答えた。
彼はイスタンブルからシルクロードを辿って国を目指すルートで旅してたが、
出発前に、親御さんから日程表の提出を命じられたという話をしてくれた。
実際に見せてもらった日程表には何月何日どこの街に滞在する、と、
ツアーの日程表もかくやと、うなるほどに細かい予定が6ヶ月分記されていた。



三者三様。



いや、自分も入れて、四者なのか。
自分はどのように記憶されているのだろうか?



冬にタジキスタンを訪れたときは、
だいぶ気合を入れないと進む気になれなかったので、
旅は総力戦だなぁ、なんてふと思ったのを覚えている。

人それぞれ得手不得手はあるわけで。

取引を有利にする交渉力だったり、
愛想良く人と仲良くなる力だったり、
言語を駆使する力だったり、
ごりごり押し進む気力・体力だったり、
色んなものを組み合わせて、その人なりの旅のスタイルが出来上がるようだ。



一人旅ってのは、独りでしてるから、
そんなスタイルがいつしか硬直化してマンネリするのは避けられないのだろうな。
人のふり見て我がふり直せ、と言うのは、こういう時のためにある言葉かも知れない。

たまにはパーティを組んで行くのも面白いものだ。









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