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敦煌の隋さん

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敦煌の名物オヤジ隋さん。
“敦煌で日本人向けの商売を始めたのは私が最初だヨ”と豪語する。
もともと食堂兼旅行会社をやっていたが、
今は友人の店を拠点にしながら、旅行会社としてだけ活動している。

僕も滞在二日目の朝、宿を出がけに捕まった。
それから1週間ほど、毎日朝からビールを二人で呑みまくった。
隋さんは痛風が心配だ、などと言いながら良く呑む。
11月の敦煌はもう寒い。旅行者も少ない。
旅行者を、それも日本人を相手に商売している隋さんはヒマそうだった。
僕も酒は嫌いではないし、話題豊富な隋さんの話が面白いので、
毎日のように一緒にビール瓶を空けた。

前記した玉門関石包城のツアーは隋さんに頼んだもの。
隋さんは日本人向けガイドの第一人者を自認しているだけあって、
新しい観光資源、新しいツアーを開発しようと取組んでいる。
次回訪れた時にはどんなツアーがあるか楽しみでもある。

とはいえ、敦煌ではほぼ毎日だらだらと過ごした。
寒い日には、今日は寒いから呑みましょうか、と朝から呑んだり、
風の強い日には、今日は外出ると危険だから呑みましょうか、と朝から呑んだり、
飲んべえ同士、要りもしない理由をつけては呑んだいた。

食堂を経営していただけに隋さんの料理は美味しい。
二度ほど、市場で肉を買い酒を買って、隋さん宅でご馳走になった。
料理を手伝った時、野菜を洗っていると、
“もっとちゃんと洗わなきゃ駄目ヨ。中国の農薬は強いだからね。”
と料理人隋さんに怒られた。
でも、その時の羊肉は最高にうまかった。

みなさんも敦煌に行かれたら、会ってみては如何でしょう?
ま、向こうから捕まえにくると思いますが・・・

隋小礼氏のHP
www.china-world.info/dunhuang/


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こんな羊を食べに行ったり、

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こんな羊を料理してくれたり。呑んでばかりでした。


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井上靖「敦煌」と莫高窟

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[元代の石窟・レプリカ]

莫高窟の入場券にはガイド料が込まれている。
シーズンオフなので、中国人80元、外人100元(シーズン中は160元)。
最初80元の切符を渡された。安いのでラッキーと思ったが、
中国語で難しい解説を聞いても理解する自信が無かったので、
しっかりアピールした。ワタクシ外人アルヨー

日本語ガイドが付くことになったものの、
ちょうど日本語ガイドが昼休み中で、待つこと1時間。
さっそうと、王家衛の映画「恋する惑星」に出てくる謎の金髪女のように
現われたのはガイドの李さん(仮)。
大き目のサングラスにロングコート、
ボリュームのあるパーマという出で立ち。
サングラスを取った李さんは(美人だった!)

重慶森林
▲こんな感じ。金髪じゃなかったけど。美人でしょ?


李さんのガイドで、計9つの窟を見て周ることとなった。
敦煌の石窟群は広いので、どこの窟を見るかはガイド任せになる。
ツアー客の中には担当のガイドさんから離れ、
他のグループのガイドさんに頼んで、お目当ての石窟を見ている者もいたが。
僕の場合、特に目当ての石窟があった訳ではない。
小説『敦煌』を読んで、ここに来たいと思っただけだったし。

ということで、
石窟のチョイスはガイドの李さんに全部お任せした。


 
井上靖の『敦煌』は、
都・開封の市場で売られていた西域の女を命を助けたことをきっかけに
西域に興味を持り、西夏へ向かうところから始まる。
敦煌周辺を舞台にした西夏と宋の抗争を軸にして物語は進むが、
ひょんなことから西夏の漢人部隊に編入された主人公、
西夏が王族を滅ぼした時、主人公が命を助けた王女、
于闐(現ホータン)の旧王族出身のキャラバン隊長、
そして颯爽たる西夏王など、
民族の「色」という点では、これほど色取り取りで、
きらびやかな極彩色を放っている作品も少ない。

僕自身も莫高窟に対しては、
この色トリドリな民族色を感じられたら良いな、と漠然とした興味だった。

確かに莫高窟には、
シルクロードに関わった諸民族の痕跡がかなり残っている。
ためしに、ここで発見された文書の各諸文字を列記してみると、

ウイグル文字 (回鶻文)
チベット文字 (古蔵文)
サンスクリット文字 (梵文)
ヘブライ文字 (希伯莱文猶太教)
ウテン文字 (于闐文)
ソグド文字 (粟特文)
西夏文字
モンゴル文字 などなど・・・

また、ガイドの李さんチョイスで見た石窟に
吐蕃の画があり、衣装や吐蕃王などが描かれているものも(237窟)。
隋代の石窟内の仏の衣装が、
遊牧民の着る胡服のようなデザインだったことも興味をそそった(244窟)。
それに、附設の博物館ではササン朝期のペルシア銀貨を見ることも出来たし。

こうして、シルクロード上の東西南北の交渉や遊牧民の影響など、
所々に見て取ることができ、面白いかった。
そもそも河西回廊の先っぽに位置する敦煌は、
中華世界の最前線であるとともに、他民族に囲まれた土地である。
シルクロードという通商上の要衝でもある敦煌は、
当然、様々な勢力によって奪い合いの対象となった。
その中にあって、仏を奉るという一点において、
どの言葉を使う民族も莫高窟を大切にした、というのが面白かった。
敦煌の主は変わっても、莫高窟の価値は変わらなかったのだろう。



さて、ガイドの李さんの石窟チョイスはなかなか良く、
解説もしっかりしていて交感が持てた。(というか美人だし。)
以下、今回巡った石窟を簡単に紹介。

■94窟 太上老君の像アリ。仏教と道教の混合が見られる。

■96窟 莫高窟の正面にあたり、九層の大仏殿を持つ。
    ここに奉られてる弥勒大仏の高さは35.5m。
    仏像の大きさとしては世界No3!
    No1は四川の楽山72m、No2は同じく四川の栄県大仏の37mという。
    唐を中断させた則天武后が即位すると、
   女帝は仏教を重んじるともに、自ら弥勒菩薩の生まれ変わりと称した。
    そのため、当時、弥勒菩薩建立ブームが起こった。
    今でも毎年4月に敦煌の人が祈願に集まるという。

■130窟 ここも弥勒仏。莫高窟で2番目に大きい26m。

■148窟 涅槃仏15m。背後には仏弟子72人。
    壁画は、涅槃前後の釈迦ムニの物語が描かれている。

■237窟 特徴的な石窟。 
    まず天井には、
    三耳ウサギが三羽 絡み合ったデザインが描かれている。
    他の窟には龍や鳳凰ばかり描かれているのとは対照的。
    また、現在敦煌のシンボルになっている「反弾琵琶」の飛天
    (=背中で琵琶を弾く天女)の画が見れるのもここ。
    さらに、壁には前述の吐蕃を描いたものがあり、
    当時の吐蕃の衣装や王の様子が見える。

■244窟 隋代のまま残っている窟。
    過去、現在、未来の三世仏の像が左、正面、右と並ぶ。
    仏は胡服をまとっているのが印象的。隋はやはり北方的だったか。
    小さい飛天が、ドーム状の天井と壁面の継ぎ目に描かれている。
    「飛天は実は地位が低いのです」との解説が微笑ましい。

■324窟 窟に入ると、つい立が目立つ。
    米人ワーナーのはぎとった「船」の絵の部分のこと。
    ひどい切り取り方をするものだ。
    壁画の一部のみが切り取られていて、
    その部分のレプリカ画が、つい立に描かれている。
    壁画には色々な物語が描かれている。
    ・張騫の物語:由来を知らない二つの金仏を発見した。
     名前を知るため、帝の命により西域へと赴くという物語。
    ・アショカ王が仏塔を国中に建てた物語。
    ・仏の服を人々が祀った。
     それを剥ぎ取った人が雷神のバチに当たると言う物語。

■16,17窟 この隠れ窟が1900年5月26日に発見され、莫高窟を一躍有名にした。
     なぜ隠されていたかは謎で、世界中の学者・作家が諸説立てている。
     井上靖『敦煌』もその一つ。
     英仏日露米5ヶ国が、古文書等5万点中4万点を持ち去ったとの解説。
     ゴメンナサイと一言。


一通り巡り終わって、ガイドの李さんとちょっとした世間話をした。
近くの嘉峪関出身で、ガイド歴は10年という。
日本語のガイド歴はまだ半年だというのに驚いた。
そのわりには、流暢な日本語をしゃべる。(ていうか美人だし。)


ガイドの李さんと別れてから、附設の博物館へ向かった。
ここで驚くべき発見が!

「番漢合時掌中珠」

という小さな書物を発見したのだ。


これは、漢語と西夏語を対称した簡単な辞書で、
実用的な携帯サイズで作られている。(今で言えば旅行会話集のようなものか)
なにが驚きかって、
小説『敦煌』では、主人公の趙行徳が
この「番漢合時掌中珠」という辞書を書いたことになってるのだ。
架空の書だとばかり思っていたものが、
目の前にあったのだ。



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石窟内の塑像の様子。
石窟内の撮影は禁じられているので一番上の写真同様、レプリカですが。


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九層の大仏殿(96窟)


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石窟はキレイに整備され、桟橋がかかる。


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こ、これは・・・


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秋ですね。


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1,3 RICOH GRDⅢ
4-7 PENTAX K20D + PENTAX-DA★ 16-50mm F2.8

万里の長城がそろそろ本当に尽きるところ

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[玉門関]




万里長城が尽きる西の果て。
荒涼としているのは土地柄だが、
漠々というには少々賑やかに過ぎるか。

明代の長城は嘉峪関辺りで尽きるが、
漢代の長城はここまで伸びている。
漢の西域へ伸張しようとする意思が、
朽ち欠けながらも残っている。

ここらを訪れる観光客も多いのだろう。
各地ともきちんと整備されている。
ただし、大観光地で見るような、
旗と拡声器に率いられた喚声集団には、会わなかった。
この辺の名所では中国人も
何かを味わうようにしみじみ眺めてる。

時間の距離を確かめるしかないのだ。
こういう場所では。
いや、中国朋友達はツマラナサのあまり、
呆然としていただけかも知れないが。




■ 河倉城
 漢代、シルクロード北道上に建てられた重要な兵糧倉。
 文字通り河のほとりに建つが、疏勒河は既に涸れ沼になっている。
 とにかく巨大。すごいオーラの廃墟感。
 ラピュタの巨人兵のような存在感。

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■ 玉門関 
 石造りの門に二千年の風紋がついている。
 2000年以上に渡って、この地の砂塵が関所の建物に刻んできた襞が、
 無数の影を作ってきれい。
 李白の『子夜呉歌』という詩が好きで、ここを訪れたかった。

 玉門関は、沙漠の中、
 すでに涸れた疏勒河のちかくにポツンと立っている。
 2000年だ。
 大した見所ではない。が、訪れている人々は、
 河を眺めたり、沼に変わり果てた河へ降りたり。
 各々長い時間を過ごしていた。
 皆、心の中で時間を噛みしめていたのだろう。

 上流にダムを造ったため、今は沼になっている河へ降りてみた。
 一面のススキの群れの中、ところどころに水が溜まっている。
 寒さのため、所々が凍っている。
 砂のある辺りは日の照り返しがあって日中暑い。

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河のほとりで

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玉門関のアップ



■ 漢長城
 玉門の北、長城及び烽火台が残る。
 泥土と藁(で織った布状のもの)を幾重と重ねて壁を作っている。
 朽ちているとはいえ、はっきり壁と分かる姿で立っている。
 100m以上に渡って城壁とはっきり分かるそれは続き、
 一個の烽火台で終わる。
 その後ろは、盛り土が確認できるのみ。
 ここは漢代の長城の他の部分に比べて風が通らないのだろうか?

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漢代の長城




[メモ]
・タクシーチャーター260元(敦煌の隋さん)
・門票…3箇所共通券40元


「万里の長城が最初に尽きるところ」は→コチラ



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鳴沙山をななめ見て [敦煌]

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鳴沙山。
文字通り、砂漠の山で、その砂は細かいので鳴く。
敦煌市街の南郊に、この鳴沙山への入口があり、
そこから入場すると、ラクダに乗って砂漠を巡ったり、
三日月形の月牙泉という泉を見ることが出来る。

実はこの月牙泉、文化大革命の時に埋められ、
今のは水道水を引いていると、地元の人に聞いた。
興醒めし、入場料120元には見合わないと判断した。

そもそも、この鳴沙山は東西40kmと長いので、
決められた玄関から入る必要もない。

ってことで、
鳴沙山の正面入口から西方に回ってみた。
ここは農村が広がる。
この辺りの農村では綿の栽培が多いようだ。
そこかしこでラクダが飼いつながれている。
やはりラクダは生活に必要なのだろうか。
また、大きく立派な白菜をトラックに積んでいるのも見た。
白菜は今が旬なようだ。
農村は秋、紅色や黄色の木々に囲まれ、
散歩するのに気持ち良かった。
むしろ、得した気分。

また後日、
遠出をした時、車窓から鳴沙山を望んだ。
鳴沙山は遠くから眺めるのが良いと思った。
砂が風に舞い、斜陽を背に受けた姿は忘れまい。
カメラでとっても捉えられる風景ではない、と思って
眺めるだけで過ごした。




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鳴沙山近くの農家。


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ラクダ。これは鞍が付いてるので観光客用かな?
敦煌周辺には野生のラクダも沢山見える。


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綿花の栽培が盛んな様子。


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黄葉。


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(GRDⅢにて)


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敦煌八景 ~街角写真~

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表通りから一本裏に入ると、古い町並みがまだ残っている。



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表通りは小奇麗な感じに整備されていく。



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飛天=天如は、敦煌のシンボル。
琵琶の逆さ弾きポーズは漢語で“反弾琵琶”という。


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街角の将棋。 群がる見物客が負けてる方にアドバイスする。



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沙州市場で羊肉を食う。
市場の食堂には回族の店が多い。また客もモンゴル族やカザフ族など多様。
敦煌周辺には淡い色の牧草が点々と生えている。
寒草(Hancao)と呼ぶ。
敦煌の羊はこの寒草を食うから、うまい肉になる。



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大肉=豚肉を買う。
漢民族は肉を食らうに豚肉を以って主とする。



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敦煌ラーメン。平たい麺と具が別々に盛られる。
このスタイルの麺を拌麺(ばんみぇん)と呼ぶが、この辺りから増えてくる。



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現在の街は清代以降のもの。党河の対岸に旧市の城壁が残る。



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写真:GRDⅢ(3枚目のみ PENTAX K20D + PENTAX-FA 31mm F1.8AL Limited)
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