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タジキスタングルメ5  プロフ



食堂プロフ
言わずと知れたタジクの国民食。え?どっかで聞いたセリフですって?
ええ、そうですとも、ウズベキスタンでも国民食です。
ま、この辺り一帯でみんなが愛する料理ってことですね。
ざっくり説明すると、米と羊と脂とにんじんを炒めたのちに炊いたもの。
刻みネギなどと一緒に食べる。ウマイ。
木曜日はプロフの日だと言うが、礼拝日=金曜日の前日だからだろうか。





家庭プロフ。
ウズベク人の家庭に泊めてもらった時に頂いたもの。ご馳走様でした。



以上、タジク(で食べた)料理紹介でした。

どうでしょう?
タジキスタンにぜひ食べに行きたい!という人が一人でも増えてくれると嬉しいですが。



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タジキスタングルメ 4  ロシア的なもの 



タジキスタンで思わずジャケ買いしてしまったアイスクリーム。 
その名もCCCP=ソビエト社会主義共和国連邦
(Союз Советских Социалистических Республик)

一瞬ホイップクリームかと思うほど濃厚にしてふわふわなアイスクリームでした。
1.5ソモニ≒30円






言わずとしれた、ボルシチ。紅いですね。






以前も紹介した、ビフシュテク(Бифштекс)は、
ビーフステーキという英語が語源のようです。こちらの方がうまそうに見えます。
あいにく目玉焼きに隠れてるけどハンバーグステーキです。
付け合せ数種を皿いっぱいに載せて供されます。
ビフシュテク+チョイ(茶)+ノン(パン)で11ソモニ≒250円程


→つづく


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タジキスタングルメ2  クルトーブ


クルトーブ。ドゥシャンベにて。この辺りのご当地メニュー。
パイ生地のようなナンを重ねて、ヨーグルトや野菜などを和えたもの。
なぜか、とにかく巨大な量で供される。
これで7ソモニ≒170円、チョイ(茶)3ソモニ。




もいっちょクルトープ。こちらは更に巨大です。
ちなみに急須、湯のみ茶碗の寸法は日本のものと大差ないです。
僕は食べ物を粗末にはしない方だと自負してましたが、これは食い切れませんでした。




おまけにシャウルマ。
シャウルマとは、いわゆるドネル・ケバブと同様のもの。
都会でよく見かけるファーストフードだ。
入ってきた経由地によって呼び方が異なるのだろう。アラブ語とトルコ語の違いか。
ドネルと同様、重ねた肉の塊を回転させながらあぶる。
その肉を野菜と一緒に生地で巻いたものがこれ↑
こういうファストフードの店は、夜遅くまでやってるので重宝した。
お値段6ソモニ≒140円程。
上のクルトーブに比べると小さいですがお高め。肉ですから。


→つづく


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タジキスタングルメ1  肉感的なもの

さる11月11日のサッカー日本代表、ワールドカップ予選の対タジキスタン戦前には、
「テロ、疫病、極寒の三重苦との戦い」などとも報じられてましたが、
そんなに酷いところじゃあありません、タジキスタン。

だいたい、冬を比べても湿気の高い東京の方が体感気温は低いわけだし。
まあ、過酷な状況に負けるな、頑張れニッポンの方が盛り上がるのでしょうが…

ってことで、一人でも多くタジクファンが増えることを願って、
タジキスタンで食べた料理を一部紹介します。






「ショルポ」とは、ペルシア系言語でスープを意味する。
羊の肉を人参やじゃが芋などの根菜と一緒にじっくり煮込んだスープ。
こってりダシが出ていて肉もやわらかい。
僕の記憶ではこれが一番タジクっぽい食べ物。隣国に比べてこちらのものは濃厚だ。
たいがいどこのメシ屋でも食べられる。というか、これしか無いということも多い。







シャシリク。 言わずと知れた串焼です。
ミンチ状のものが多いのは、中央アジア共通。
付け合せの酢をかけた玉ねぎとは、たまらなく相性が良い。







ラグマン
アフタバグザール=バス・タクシーターミナルの食堂にて。
肉汁=ショルポの中に麺をぶちこんみ、スメタナと香草を掛けたもの。
ドゥシャンベで食べたラグマンの中で一番うまいと感じたのも、濃厚ショルポのおかげだろう。


→つづく。


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アーリア人のタジク人。





タジク人は「アーリア人」である。
ってことは、タジキスタンの民族主義の軸になっているようだ。

「アーリア人」というと、実体のない概念ではないものの
近代の西欧列強の覇権争いや植民地主義と無縁ではなかったわけで、
西洋が東洋を把握・掌握する過程で、爆発的に拡大解釈された概念と言えるか。

インド・ヨーロッパ語族の研究は、共通祖語を話すアーリア人の存在を
「発見」するに及び、英国によるインド支配の正当化に貢献している。
カースト制度の支配階級はアーリア人。イギリス人も同じ印欧語族。
だから英国は印度を支配する権利がある。という論法。
ナチスドイツでは、高貴なるアーリア人の中でも
最も純粋な末裔であるゲルマン民族こそが、世界を掌握する正統性を持つ
と唱えた訳だから、これも前者の応用・発展形と言えるか。

もちろん、今ではそうした誇大妄想的な学説は斥けられていて、
現在アーリア人というと、もっと限定されたインド・イラン系を指して使われるくらいだ。

そして、そのような現代的な意味での「限定アーリア人」を
タジキスタンが名乗ることは、間違っちゃいないだろう。
アケメネス朝やソグド人以来、タジク領ではペルシア系言語の話し手が住んでるわけだし。

で、タジキスタンの場合はといえば、実際にタジク国内で見聞きしたのは、
「拡大アーリア人」的な壮大な物語がメインなのだと感じた。
ま、民族主義の高揚のためには
壮大な物語をぶち上げた方が景気良いしカッコ良いですしね。

博物館にいけば、タジク民族史はアーリア人の歴史として、明確に描かれているし、
その説明の為に、イランのペルセポリスやアレキサンダー大王まで、
要は、タジクに関連のある西方的なものが総動員されているわけです。
そもそもタジキスタン国旗はイラン国旗と同じ色使いをしているが、
これも強烈な意思表明と見える。

そう、現代タジク民族主義はペルシア文明と切り離すことは出来ない。
ペルシア王朝史に連なるサマン朝のイスマイル・サマニ
(タジク語では「イスモイリ・ソモニ」)
を民族の英雄として据え、首都の中心には大きなソモニ像が建っているし、
通貨単位までをも「ソモニ」に変えてしまったほどだ。
この栄光のサマン朝の首都ブハラは、
現在ウズベキスタン内にあるもんだから、ややこしい。

タジク人はよく
「タシケントはウズベク人の街だが、ブハラ、サマルカンドはタジク人の街だ」と言う… 
いけいけ民族主義も必要なのだろうが、
他人の土地を心の故郷だなんて言いはじめたもんだから
収拾つかなくなってる感がある。


それにしても、アーリア人のタジク人がロシアに出稼ぎに行って、
非アーリア人のロシア人の鉤十字=ネオナチどもに狩られているとしたら、
これもまた皮肉。




tajik.png

 ↑
イラン国旗とタジキスタン国旗。どっちがどっちでしょう?
 ↓

iran.png




[こたえ: 上がタジキスタン国旗。 下がイラン国旗。]





前にもお伝えしたようにヘレニズムの最東端は、現タジキスタン領内。 
@フジャンド博物館




なぜかペルセポリス。「アーリア人」としての歴史の説明には不可欠なんですね。 
@フジャンド博物館



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