スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スバシ故城 [クチャ/庫車] ~廃墟マニア~

2010.11.06 ・城マニア
車はだんだん進んでいく。 
街を離れ、いくつかの村を通り過ぎ、いまは広大な平原を走る。

遠くの山は雪を被っている。 平原には点々と草木が見える。
3000頭の羊が牧草を食べるのを、1人の羊飼いが見守っていた。
淡い色づかいの落ち着いた風景。

車は進み、雪山が徐々に近づく。
山が大きく見えた頃、その麓に廃墟が見えてくる。スバシだ。
はっとするような風景。来てよかった!
雪を踏みながら、西寺の中を周ってみる。

スバシはクチャ川を境に、東寺と西寺とに分かれる。
それぞれ、都市のように大きな建造物が、打ち捨てられている。
片われの東寺は川の向こう、はるか遠くに見えるだけ。
こちらよりも大きいようだが、遠い。 眺めるだけで十分だ。




IMGP6229_2





IMGP6209





IMGP6191





▼ブログランキング参加中です。
 一日一クリック、よろしくどうぞ!
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村




【メモ】
ここはスバシ故城と言い慣わされているが、
正式名「蘇巴什(スバシ)仏寺遺址」、別名「昭怙厘大寺」とも言うように、
仏教複合施設の遺跡である。
スバシとはウイグル語で水源を意味するが(「ス」水+「バシ」頭)、
雀爾塔格(チョルタク)山麓のクチャ川水源に近いことを指している。

このスバシ仏寺は、クチャ川を挟んで東寺と西寺に分かれて残る。
創建は3世紀に遡り、鳩摩羅什や玄奘などにも縁の深い地である。
唐が亀茲国征服後、安西都護府を旧・亀茲(現・クチャ)へ移すと、
スバシには高僧が集まり最盛期を向かえ、僧侶数は1万を数えたという。
玄奘がインドへ行く途中に寄り、数ヶ月滞在したのもこの頃。
その後、9世紀に戦火を被り、
14世紀にタリム盆地がイスラーム化されると、遺棄された。
 
スバシは現今まで新疆地区で発見された仏教遺跡としては最大である。
東寺は、仏殿、仏塔、仏像などがあるが、
西寺の仏殿は大きく、方形の土塔は保存状態が良い。
北部には17個の禅窟があり、内部には亀茲文字で壁画や刻印が見られる。
ここで、唐の貨幣。ペルシア銀貨などの珍奇なものも発見されている。

なお、ふつう見学できるのは西寺のみ。
東寺へは大回りして歩いていくしかない。

スポンサーサイト

廃墟マニア[石包城・敦煌]

2010.10.21 ・城マニア
IMGP5073
[祁連山を抜ける途中で]



目指す城は350km先。
敦煌を8:30に出発した車は、祁連山を右手に眺めながら進む。
道中、ガイドの隋さんの解説を聞く。

祁連山脈は長さ1000km、幅数百~30kmほど。
山脈に沿って40kmごとに湧水地=オアシスがあるという。
また、烽火台も同じ位の間隔で建っている。その多くは元代のもの。
いかにモンゴル帝国が駅伝制度を大事にしていたかが分かる。
しかし、元代の遺構は観光資料としては重要ではないらしく、
敦煌周辺でも五台ほどまとめて撤去されたと聞いた。
漢代のものが、中国人の観光客も呼ぶ。

道中しばし車を停め、祁連山の谷へ踏み込んでみる。
動物の糞が点々と見える。うさぎ、らくだ、狼のもの。
狼のものには、大きな骨が残っていた。
やっと陽が昇ってきた時間だったので、まだ危険か?と、
早々に切り上げて車に引き返す。

瓜州(=安西県)を抜け、車は右折。祁連山へ分け入る。
道は長い長い谷を通って行く。
谷は風の通り道。とはいえガスが溜まっている。
野生のラクダが群れを作っている。
野生のラクダは、足が大きく、口が細長い。

周囲は淡い色の牧草が点々と密集して生えている。
寒草(hancao)という。
敦煌の羊はこの寒草を食うから、うまい肉になると言う。
きょう通ってきた辺りには、野生の羊が多く、
黄羊、紅羊、青羊、槃羊、等がいるとの話。

しばらく行くと岩山が始まり、緩やかな登り。農村も多い。
政府はいっぺん畑化した土地を牧地に戻そうと奨励しているのだと言う。
実際、牧民はなかなかの金持ちだと言う。
1000頭ほど飼っているのが多い。1頭500元からで売れる。

渓流の谷、箱柳という木が黄葉していた。
この一週間あまりの内に葉がだいぶ散ってしまったという。
見晴らしの良い場所で休憩。しばし景色を楽しむ。
その山を越えると盆地。
しだいに盆地の中に、小高い岩山が二個ほど見えて来る。
左の山の頂上辺りが、陽を受けて白く反射している。城だ。

村を抜ける。
ここらの看板は二文字併記。モンゴル人が多い地区だ。

石包城。
ここは鎖陽城、楽古城と3つ合わせて、
三角形の防御線を張る。相互に70km程隔たる。
西域が不安定だった後漢の頃の創建との話。
山の上の城は、廃墟感たっぷり。
しかし、ゆがんだ正方形の城の
8つ程あったと思われる隅やぐらは円形を保っている。
石積みの本郭の周りに濠、物資の輸送路でもあったのか?
中は、周辺の遊牧民が酒盛りした跡。酒瓶の破片が散らばっている。
チベット仏教式(モンゴル人が多いからそうなのだろう)に、
積石、カタをかけた祭祀用の場所があった。

IMGP5127
[石包城の上から。あたりは荒地。遠くに山が見える。]


IMGP5147
[石積みの城。堀が巡らされている。]


IMGP5112
[城の内部]


IMGP5100
[崩れた石が積みなおされ祭壇になっている。チベット式。]


IMGP5162
[背後から。一定の間隔で塔が建っている。]


IMGP5181
[石垣がキレイに残っている。]


城の中を散策している時、
ドライバーのカさんが、青銅で出来たモノを拾ってきた。
城の北側が保存状態が良いが、逆光。
洞窟には、骸骨も。


IMGP5097
[青銅器のカケラ。矛の先か。]

IMGP5131
[骸骨]



石包城を見終えた後、
車は野生のラクダと挨拶してから、
盆地を高くから望む山へと登る。
モンゴル人のゲルが遠くに見える。
馬で移動中の女性と遭遇。買い物にでも行くのだろう。


IMGP5197
[野生のラクダ。]


IMGP5199
[土煙を立てて、馬に乗ったモンゴル人は行ってしまった。]



楡林窟へ。
8ヶ窟ほど案内人のサーチライトで照らしながら見て周る。
瓜州=安西市の南75km。
唐・五代・宋・西夏・ウイグル・元・清時代に造られた43窟からなる。
計4200㎡の壁画及び250体の色彩塑像を持つ。
以下メモ。
・張義潮とそのウイグル人の奥さんの画。その息子の画も。
・敦煌で一番キレイと言われる飛天の画。
・壁画は唐代、五代のものが多い。唐代のものは、一つ一つ見事。
 清代のものはヘタクソなものばかり。
 塑像はほぼすべて清代のもの。
 一つ清代の壁画を見た。コミカル、道教に題を取ったもの。
 同床異夢の夫婦の絵、元朝と戦う「朱」の旗を掲げる明朝の軍勢。
 全体的にヘタくそな絵。道士たちがにこやかにそこかしこに飛んでいたりする。
 全体的に新しいので金箔もよく輝いていた。
・主洞の大仏は大きい。24.7m


IMGP5208
[楡林窟]


IMGP5220
[楡林窟]


帰路、瓜州でメロンを食べる。
「瓜州」というだけあって、スイカやメロンが豊富なようだ。
しかし季節外れで甘くない。干しメロンがおいしかったので一袋購入。

最後、元代のものというのろし台+兵舎のあるところで写真を撮った。
兵舎は長いこと、周囲の遊牧民が使っていたとのこと。
おおきな番犬がいる、と脅されながら入ったが、もぬけの殻だった。



R0013148
[メロンがいっぱい瓜州]


IMGP5256
[幹線道路沿いにそびえる、元代の烽火台。]


IMGP5261
[烽火台の前には兵舎が。]


IMGP5286
[敦煌へと帰る道。]




▼ブログランキング参加中です。
 お気に召しましたらお一つクリック、よろしくどうぞ!
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

万里の長城が“最初に”尽きるところ [嘉峪関]

2010.10.14 ・城マニア
IMGP4622


東の山海関から始まる万里の長城は、
西の果て嘉峪関で尽きる。
とは、よく聞く話ながら、これは明代の長城の話。

明朝は、元朝モンゴルという異民族を追いやって建国されたが、
レンガ造りでガチガチに固められた長城からは、
モンゴルもう来るな、という強い意志の表れが見てとれる。
実際、明朝はずっとモンゴルの侵入に悩まされ続け、
レンガに増強した効果のほどは、いまいち不明なのだが。

いずれにしても、
形をよく保った明代長城の一大サンプルがここにある。
嘉峪関を中心に、北には懸壁長城、南に長城第一墩がある。


酒泉の宿でフロントの大お姉さんに聞くと、
嘉峪関まではバスで行くと良いとのこと。
バスで西関車站へ8毛。嘉峪関へ1元。安い!と喜んでいたら、
嘉峪関市内どまり。見所としての嘉峪関は郊外なのだが。
ひと通りバスを探してみるも、見つからず。
道に停まっていたおばちゃんドライバーのタクシーをチャーターし、
嘉峪関関城、懸壁長城、第一墩の三ヵ所を周った。





IMGP4621
[懸壁長城]

まず懸壁長城へ。
嘉峪関から北へ続く長城は、
険しい山にぶつかり、そのまま山を登っていく。
その様子を「壁に懸かる」長城と呼んだ。

なんて話を聞くと、非常に勇ましい感じだが。
土と藁とで出来た長城は、見事にキレイに直されている。
忠実には再建しているのだろうが、キレイ過ぎる嫌いも無いでは無い。

ここ、登りが結構急で息が切れる。
ラダック高原に行った後の山登りでは息も切れなかったが、
3ヶ月も経つとダメか…
頂上まで登り、降りてくるまで人っ子一人いない。長城を独り占め。
戻る途中、カップルが一組来ただけ。

なお、ここは明代1539年の創建とある。
ちょうど「北虜南倭」に苦しんでいた頃のこと。
こんな峻険の場所にまで長城を築いたことに、
当時の為政者の焦慮を感じる。



IMGP4683
[第一墩]

次に第一墩へ。
嘉峪関から南方へ伸びてきた長城は、
ここで56mもの断崖絶壁の深い谷へと落ち、終わる。
「第一墩」とは、西方で最初の見張り台がある場所という意味らしい。

ここには、漢代の前線基地の様子が再現された映画のセットがあった。
そして川を渡る吊橋も。
高さ50mだぜ、50m。おっかない。
高所恐怖症だし、誰も見ていなかったので、
吊橋の途中で写真を撮って引き返した。
また、川へ張り出したガラスから下の川を覗ける地下室もあった。
なるほどアトラクションとしては、よく出来た場所だ、
と無理やりにでも長所を探してみた。
それでも、朽ち掛けた長城の先に嘉峪関がかすかに見えた時、
心がすこし震えた。

なお、ここの門票の説明書きはなかなか調子が良く、
“西面、浩瀚無際の大沙漠にして
 北面、雄偉壮観たる嘉峪関と相連なる。
 南面、逶迤起伏たる祁連雪山なり。
 墩台は討頼河の北岸にて、高さ五十六メートルの峻険なる崖上に直立す。
 まさに「天下第一険墩」と言うべし。”
とあった。

多少、大袈裟な嫌いもあるが、
件のアトラクションといい、この説明書きといい、
そうやって盛り上げて行く必要があるのだろう。第一墩。

IMGP4680
[映画のセット。]

IMGP4689
[第一墩より嘉峪関を眺める。沙漠の中に続く長城の突き当たりに小さく嘉峪関が見える。]



長城巡りのトリはもちろん嘉峪関。
車窓から見ると、遠くからだんだん見えてくる姿がカッコイイ。
楼閣が四つ。だいぶ高台にそびえている。
ここはなかなか風情もあり良い。
西安の城壁も明代だが、様式は同じ。
しかし、西安のものよりも修築度合いは低い。
それがまた、良い。

西安で他の旅行者と話したことを思い出した。
現代中国の大都市はどこへ行っても同じ風景だ、ということ。
文明の持つ普遍性のようなものか。
おそらく中国の都市の街並みは、
古代から現代に至るまで、それぞれの時代においては、
中国内のどこへ行っても同じだったのではないだろうか?
これまで見た、同じく明代の西安平遥・嘉峪関もそうだ。

なお嘉峪関は明代1372年の創建。明の建国まもない時期に建ったようだ。
長城全体でも随一の規模、保存状態とのこと。


IMGP4760
[嘉峪関にて。]

IMGP4772
[嘉峪関。無茶な修築が施されていない辺り、好感が持てる。]

IMGP4756
[嘉峪関。四角い内部はかなりの広さ。]

IMGP4731
[嘉峪関。全体的に無骨な建物の中、紅一点。]

IMGP4763
[長城は続いている。]




最後におまけ。
まだ時間があったので「魏晋壁画墓」へ寄った。
ここは3~5世紀の魏・晋代の地下墓で、壁画が面白いらしい。
嘉峪関市内から20km弱の新城郷へ向かう。だいぶ遠い。

地下画廊とも呼ばれる魏晋墓。他に客は一人もいない。
おじちゃんに小さな博物館を開けてもらい
一通り見た後、車で少し離れた陵墓へ。
ここもおじちゃんに鍵を開けてもらう。
頑丈な鉄扉を開けると、中にまた南京錠が2つ付いた鉄格子。
階段を少し降った鉄格子にも南京錠が3つ。厳重だ。

地下墓は、3つの部屋が縦に並んでいる。
天井はそれぞれがドーム状になっている。
壁には可愛らしい絵が並ぶ。馬、羊、鳥、牛、豚などの動物。
豚や牛を生け贄にしている絵。畑を耕す絵。また肉屋の絵もあった。
村や町での人々の生活を描いているのだが、
いずれにしても動物を描いたものが目に付いた。

地下墓内の滞在時間は10分ほどだったが、
観光客の溢れた嘉峪関を見た後だっただけに、不思議な空間だった。


IMGP4848
魏晋壁画墓。外から見るとただの土盛。




[メモ]
・タクシーチャーター4時間で160元(1時間40元計算)
・門票>嘉峪関(博物館含む)100元、第一墩21元、懸壁長城25元、魏晋壁画墓31元

 それにしても中国は入場料がかさむ…


▼ブログランキング参加中です。
 お気に召しましたらお一つクリック、よろしくどうぞ!
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村


(写真:PENTAX K20D + PENTAX-DA★ 16-50mm F2.8 にて)

バラナシ登城記

2009.10.23 ・城マニア
城マニアを自称していながら、今回の旅であまり城を巡っておりませんでした。
城マニアの皆様スミマセン。

久々訪れたのが、ここバラナシ城。
以下、簡単ですがレポートを。



IMGP0693
バラナシ中心街から徒歩にて1時間ほど南下して船着場へ。
船をこぎこぎガンガー越え。


IMGP0703
対岸に着くと砂塵が舞い上がる。6月も後半のこの時期、乾季も終わりの終わり。


IMGP0718
雨季の到来が遅れている今年は水位がことさらに低い。気温48度、湿度22%


IMGP0716
楼上のテラス。装飾が見事です。ここは独立後まもなくまでマハラジャの居城だった。


IMGP0726
どういう訳か存じませんが、マハラジャは銃器がお好きだったようで。
城内にも沢山の鉄砲が展示されていました。


IMGP0711
そして、マニア垂涎のクラシックカーも数台ならんでいました。


IMGP0747
ガンガーから眺めるバラナシ城。
水辺に涼しげに佇んでいるかのよう。実際にはクソ暑い夏の日の思い出。



[交通]
バラナシ市街のメイン・ガートから徒歩にて南下すること小1時間。
ガンジス渡河地点へ到着。そこで両岸を行き来する船と交渉。
夏真っ盛りのこの日(09/6/22)、客はほとんどいなかった。
往復二人で100Rs払ったが、相場より高めと思われる。


[撮影: PENTAX K20D + PENTAX-FA 31mm F1.8AL Limited]


▼ブログランキング参加中です。
 クリックすると順位が上り、より多くの人に見てもらえます。
 お一人様一日1クリック、よろしくどうぞ!
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

北京故宮/紫禁城 ~ときには観光も~

2009.01.17 ・城マニア
beijing gugong/北京 故宫
[紫禁城/景山公園より望む]
北京一の絶景。今回もまずはここを訪れた。
景山公園は、広い北京市街、紫禁城の真裏にポツンと立つ山。
入場料2元。


IMGP1990_1
[濠が凍っている。北京の冬は氷点下になる。]


上: PENTAX K20D + PENTAX-FA 31mm F1.8AL Limited
下: PENTAX K20D + TAMRON 18-200mm F/3.5-6.3


▼皇帝も通ったという・・・
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。