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B級アルコール in 中国 

2009.02.27 ・呑みくらべ
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[紅星二鍋頭酒]
中国の焼酎=白酒(ばいぢょう)には、
匂い付けのため色々な混ぜ物を入れ過ぎている、という印象があった。
実際、ほとんどの白酒の原料欄には、身体に悪そうなケミカル物質が沢山なのだ。

そんなはずはない。必ずウマイ白酒があるはず!
と、店で原料欄を血眼になって読み比べていた時、出会ったのがこれ。
原料は、「水、高粱」のみである。
無駄な匂いは無く、ほんのり穀物の甘みが口に好い。

理由は良く分からないのだが、
42°46°52°55°56°と、小刻みに異なる度数のものがある。
北京では、46°と56°しか見なかったので、
初めてその他の度数のものを見た時には「ニセモノ」か、と身構えたが、
味は変わらなかった。
まあ、酔ってしまえば一緒なんだが。

(つづく。各地の地ビールが続々登場↓↓↓)


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[燕京啤酒(いぇんじん・ぴいじょう)]
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「燕」とは、現北京周辺を領した戦国七雄の一つ。
現在も、北京の別称として使われる。けだし古雅である。
北京のビールといったらこれ。
値段は、2.5元(35円程度)と安い。
度数も、3.2°とこれまた薄い。



[崂山啤酒(らおしゃん)]
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山東省で意外と出回っていたのがこれ。
製造元は、青島(ちんたお)啤酒公司とあった。
青島(ちんたお)啤酒の廉価版なのか?詳細は不明。
値段は、3元程度。
度数も3°台。



[漢斯干啤酒(はんすがん)]
R0011208
西安初日、食堂で何のビールがあるかと尋ねると、
「ハンスガンがあるよ」と注文取りの少女は答えた。
「なんだそりゃ?知らないぞ。外国のか?」と、ぶつぶつ言いながらも、
値段は5元だというので頼んでみた。
飲んでみれば、何の変哲も無い、普通のビールだった。

翌日、外出すると、街中この「漢斯干啤酒」で溢れていた。
西安あたりのビールはこれなのだ。ハンスガン。ちょっとカッコイイ。
度数はちょっと強めの3.9°
商店で「9本買うからまけて」と駄目元で言ってみたら、20元にしてくれた。
1本2.22元。最安なり。



[黄河啤酒(ふぁんほぉ)]
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一泊だけした蘭州。
蘭州には「黄河第一橋」が架かる。
黄河で最上流に架かる橋との意味である。
実際きょうび、もっと上流にもばんばん橋が架かっているのだが、
最初に名乗ったもん勝ちである。
というわけで、蘭州名産は「黄河啤酒」。
味は、推して計るべし。



[まとめ]
そもそも、中国では地域ごとに色んなブランドがあるが、
どれも似たり寄ったりだ。
政治的・経済的理由で現地製造を奨励しているだけだろう。
どれも似たり寄ったりで、
アルコール薄い。麦以外の原料をふんだんに使っている(日本も同じだが)。
でも、安価。
統計見ると、中国のビール消費量が著しく伸びているが、
文字通り、「水増し」されている数字と言わざるを得ない。



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ジョカン寺 (チベットメモ8)

2009.02.27 ▲チベット
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僕には強く信じている宗教は、特に無い。
ラサについた初日、なにも無しじゃ申し訳ないな、と思い数珠を買い、
チベタン達に混じって「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と唱えていた。
それを信仰心からやったのかと言うと、そうではない。
冠婚葬礼に参加するのに、礼服を着ていかないとカッコがつかない、
と、思うのと同じ程度の気持で、そうしただけだ。

ジョカンを参観中に出会った、とある若い女の子は、
青海省から親族一同で巡礼に来ているのだと言った。
(つづく↓)

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高地で暮らすチベタンらしく、浅黒い肌をしていた。
日に焼けて深いしわが刻まれていたものの、
25歳くらいの若い、目のとても綺麗な女の子だった。

一族の男たちは、俵入りのお供え物を抱えている。
全員で10人ほどの団体巡礼だ。

壮年のおじさんが、その一族にカタ(人や仏様にかける白いスカーフ)を配っていた。
彼女に促された僕も、その一族の作る列に並んで、受け取ろうとした。
すると、おじさんは、「何でお前に?」と目で言った。
彼女は、「この人は漢族じゃないの、日本人なの」と言った。
すると、おじさんの目も緩み、こころよく授けてくれた。

堂内の一房で僧侶が、儀式を始めようとする。
その度に、快活な彼女は、僕をその房へと誘ってくれる
そして、一緒に拝礼し、僧侶のくださる下賜物をうやうやしく頂く。

とにかく彼女らの一挙手一道足が、本気なのだ。

彼女らのことを、真似てみることは出来たかもしれない。
でも、やっぱり、本当のところ、よく分からないのだ。

30年間不信心で来た人間が、
今から、敬虔な信仰心を持った人間になれるだろうか?

仏教でも、イスラムでも、キリスト教でも、なんでも構わない。
何かの宗教に、全身全霊で帰依できるだろうか?と考えてみた。
が、どう考えても無理なのだ。

信仰は、心の問題なのだと思う。
つまり、神や仏を是とするも不是とするも、人間のこころなのだ。
こころが懐疑的である限り、両手を挙げて「是」とすることは不可能だ。
その宗義を知ってみようという気持ちは起きても、全身全霊で帰依できるとは考えにくい。

ジョカンでは、チベット文化圏のあらゆる場所から、巡礼者が訪れている。
彼らを見ていると、ふいに、宗教が分からなくなった。




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[ジョカン寺]

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[ジョカン屋上から望む寺前広場。右遠方に見えるのはポタラ宮。]

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[マニ車を回しながら、バルコル(ジョカン寺の外周街)を周ります。]

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lasa 拉萨
[五体投地でバルコル(ジョカン寺の外周街)を進む少年。]




★メモ
ジョカンは、ラサの中心にある最も由緒があり、賑わいをみせるている寺。
チベットの最大版図を築いたソンツェン・ガンポ王の死後に建てられたという。

王は、王妃の一人をネパールから、一人を唐からもらった。
二人の王妃は嫁入り道具として、それぞれ故地から釈迦牟尼像を持ってきた。
ネパールからもたらされた仏像を本尊とするのが、ジョカン(大昭寺)
唐からもたらされた仏像を本尊とするのが、ラモチェ(小昭寺)であった。

しかし現在、それぞれの寺の本尊は入れ替わっているという。
いつ?なぜ?入れ替わったかは謎らしい。




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餃子日記3 ~チベット編~

2009.02.24 ・餃子も好き
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[焼きモモ、ラサにて。10元(ちょっと高め)。]


ここチベットの餃子は、「モモ」と呼び、
焼いたものと蒸したものがあります。

以前、雲南の辺境の町で食べたモモは非常にまずかったので、
心して食べたが、うまい店はなかなかうまい。

においの強いヤクの肉も
ちゃんと調理してあれば、十分に食べられる。
というか、とてもうまい!




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 餃子日記その1 ~日中韓食べ比べ~
 餃子日記その2 ~本場・山東省の味~
 餃子日記その3 ~チベット編~
 餃子日記その4 ~ネパール編~
 餃子日記その5 ~ラダック編~

ガンデン・ゴンパ ~ときには観光も~

2009.02.23 ▲チベット
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チベット仏教ゲルク派の総本山。ラサから45kmに位置する。
標高4200m。
ラサよりも500mほど高く、
山奥の山肌に大伽藍がそびえ立つ。

1959年以降、一度完全に破壊され廃墟となった後、
80年代以降、徐々に再建されたという。

寺院内には、往時の隆盛を描いた絵があったが、
今よりも倍近く建物の数は多かったようだ。
3000~7000人いたという僧侶も、今では300人ほどという。

寺内散策中、大声でうなる声が聞こえたので近くまで行ってみた。

最初、僧侶の修行の一環と思い、興味本位で近づいたものの、
境内に備えられた警察施設で、大声を出して武術の訓練をしていた。
由緒ある寺だけに、常日頃から、権力による威嚇作業が欠かせないのだろう。

山頂付近まで登ると、まだまだ廃墟が多い。



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山肌にひしめく僧院群。

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お坊さん。

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ここかしこにお布施が。

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僧侶を見かけることはまれだった。

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山頂付近は、いまだに廃墟が多く残る。

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ムッ。



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写真全点:PENTAX K20D + TAMRON 18-200mm F/3.5-6.3

麺紀行4 ~チベット編~

2009.02.21 ・麺が好き
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[ラサにて。野菜トゥクパ。]
よく行ったチベット料理屋のトゥクパ。
多少のこしがあり、ショウガを多めに使かったスープがおいしい。
お値段ちょっと高めの8元。


チベット麺のトゥクパは、3元(45円)程度から食べられる。
チベット料理屋ならば、たいがいトゥクパを置いていて、
街中至るところにある茶館でも、軽食として提供している。

麺はこしがなく、小麦粉を練ってひも状にしただけ、
というような素朴な形態が多い。





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女子写真@ラサ 東措国際青年旅館

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ひやかす感じ。



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ラサの病室 (チベットメモ7)

2009.02.19 ▲チベット
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3回風邪を引いて、10日ほど終日咳き込んでいたら、
右あばら骨の下辺りが痛くなった。

痛すぎて息もしたくない程だったので、ラサ市民病院へ行った。

宿で同部屋のベルギー人(29歳)は、1ヶ月ほど滞在していて、
フランス語なまりの英語と中国語を話す。
僕より彼の方が、中国語をよく話し、
彼より僕の方が、英語をよく話す。
会話中に行きづまったとき、得意な方で補うと、
うまく100%会話が成り立つという関係だった。

お互い歳が近く、お互い風邪を引き、お互い長逗留だったこともあり、
本当によく喋り、仲良くなった。

彼の曽祖父は中国人で、
1909年、清朝が欧州の要地ロンドン、パリ、ブリュッセルに
領事館を開く際に派遣された、皇族の一人だったという。
つまり、彼の先祖の一人は、愛新覚羅氏だったわけだ。
スカイプを通して彼の母親とも挨拶したが、母親は東洋人寄りの顔立ちだった。
とはいえ、1/8しか血を受けていない彼自身には、東洋的要素はまるで無い。

彼は、現代中国で満洲語が失われたことを嘆き、
現代中国人のマナーの悪さを嘆き、
100年前の中国を多少理想化して考えているロマンチストだった。
それは幻想だよ、と僕はたびたび容赦なく否定し、
彼もその度に、理性では納得はしていたものの、
その後もやはり言葉の端々から幻想のカケラがのぞいた。
やさしいロマンチストなのだ。

そんな彼だから、僕のあばらの痛みが極度に達し、始終うなっていた時、
親切にも病院まで同行してくれた。
「オレの方が中国語がうまいから、きっと助けになるはずだ」
などと、照れ隠しなのか、でも事実を言い訳にしながら。

医者はレントゲンを撮って診断したが、風邪薬を処方されただけだった。
そんなはずは無いと思い、その後、独自に情報収集を始めた。
すると、同じ症状になったことのある人がいて、
どうやらあばらの骨が折れているらしいと判明した。

ベルギー人にそれを話すと、
彼はさっそく、スカイプで会話中の母親に伝えた。
「同宿の日本人の骨が折れたんだよ。なんと!咳のしすぎが原因で」と。
そして、おかしそうにゲラゲラ笑った。

不思議と怒りは感じず、彼らと一緒になって笑った。
笑うと腹が痛んだ。




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[ラサ市民病院の通院証。]

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[普通のコピー用紙にプリントされたレントゲン。こんなんで分かんのかいな。]

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[心やさしきベルギー人の肖像。]





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餃子日記2 ~餃子の本場・山東省~

2009.02.17 ・餃子も好き

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[半斤餃子]


山東省、略して「魯」。
孔子様の生地でもあり、春秋・戦国期以来の名を保つ。

ここの名物は、餃子である。
泰山のふもと街「泰安」には、ここかしこに餃子屋が並ぶ。
餃子の聖地である。

餃子は、量り売りする。
1斤(500g)を15元程度から食べられ、
他に何も注文せずに餃子だけ食べるなら、半斤(250g)で足りる。

はじめて中国で餃子を注文した時のこと。
店で餃子を指差し、“一つくれ”と頼んだところ、
注文取りのお兄ちゃんは、“本当に一つ?”と確認する。
“そうだ一つだ”と言っているのに、二度も三度も同じ確認をする。
しまいには、注文を奥に伝えにいった後、厨房で驚嘆の声が上がった。
おかしな店だと思いながら、餃子を待っていると、
出てきたのは山盛りの餃子。

一斤の餃子は、5人の胃袋を満たせるくらいのメガトンな量だった。
先ほどの厨房での騒ぎの理由が分かった。

一斤の餃子を目の前にして、
仕方が無いという思いと、恥ずかしさから、
餃子が大好物!好きで好きでたまらない、って素振りで、
ムシャムシャぱくつきながら、猛スピードで平らげた。

そんなことを思い出しながら、
泰山では、スマートに半斤だけ頼んで食った。




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泰安の餃子屋「大衆食府 水餃楼」





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サムイェ・ゴンパ ~ときには観光も~

2009.02.15 ▲チベット
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ラサ郊外にあるチベット初の僧院。
寺院全体がマンダラの形をしているのだが、
近くの小山に登って見ると、その姿が良く分かる。

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★メモ
拝観料:25元(冬季)
交通:ラサよりバスにて片道40元。3~4時間。

所要時間はドライバー次第。
自分が乗ったバスは、見事に全ての車を抜いていったので3時間で着いた。
帰りがけに、「昌珠寺(タントゥク・ゴンパ)」、「雅龍寺(ヤルルン)」に寄った。

その後さらに、飛行場、鉄道の通る鉄橋に寄るサービスも。
飛行機や鉄道といった文明の利器を
生まれて初めて目にした、巡礼チベタンも多いようだった。
一日中バスで一緒に移動したが、
この時が一番、歓声が大きく湧いていた。





▼お寺に着いた時より、鉄道を見た時の歓声の方が大きかった。
文明の力の魔力や、おそるべし。
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[写真]
1   : PENTAX K20D + PENTAX-FA 31mm F1.8AL Limited
2~6: PENTAX K20D + TAMRON 18-200mm F/3.5-6.3

49年目の一揆  (チベットメモ6)

2009.02.15 ▲チベット
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2008年「3月」、チベットで一揆が起きた。

一部映像は、日本国内のテレビでも放映された。
ラサ市街の漢族商店を狙って火をつけるチベット人を映した映像は、
しかし、多分に中国共産党寄りの解釈に基づくものだった。

そうなったいきさつは、こうである。

2008年夏の北京オリンピックは、開放・解放後の一大画期。
共産党としては、成功させない訳にはいかないイベントである。
もちろん、情報統制は共産党のお手の物。
それに加えて、オリンピックの放映権の問題があった。
日本を含む諸外国のメディアからすれば、
莫大な利益を左右するオリンピックの放映権は、死活問題。
共産党のお気に召さない情報を流したメディアは、当然、放映権にありつけない。

かくして、08年3月のチベタン一揆は、
北京五輪を華やかに演出しようという共産党の意図の下、もみ消された。


※なお、1959年「3月28日」は、
 チベタンサイドでいうところの、ダライラマ14世が亡命した日。
 中国サイドからいわせると、「西蔵解放」「百万農奴解放」の日。
 いずれにしても重要な日であり、まもなく50周年を迎える。
 昨年の一揆が起きたのも3月である。


事実はこうである。
首都ラサの大僧院セラ寺やデプン寺
(日本でいったら東大寺や清水寺みたいな由緒ある寺)では、
電気、水道を止めるという兵糧攻めにあい、
ふらふらになって出てきたお坊さんたちが、一網打尽に捕らえられた。
その数、数百人という。

集団デモは、ラサを始めとしたチベット文化圏各地で起きた。
捕らえられた者、負傷した者は数知れず。
死者もかなりの数出た。
死因は、撲殺、射殺、拷問死である。

死者数は、
中国側発表で20名、
亡命政府側発表で200名に上る。


未だに獄に繋がれているお坊さんの数も多い。


とあるチベタン男性はこう言った。
「ラサのセラ寺は、この一年ですごいハイテクになったんだよ。
 なぜって、寺じゅうにカメラが備え付けられたからさ。監視用の。」


今でも、街中にわんさかいる軍隊の写真を撮ることは、実は禁じられている。
僕の場合も、これまで全部が盗撮だ。
一度しらっとドアップで撮ってみたら怒られた。
僕の場合、中国人に見えるから、
若い兵士に「君を取ってるんじゃないよ~」と、ひとこと言ったら許されたが、
同宿の西洋人は、兵士立会いのもとメモリーを徹底的に消去させられていた。

つまり、国外には一切見せたくない光景ということだ。

だから、今回は、あえて、
兵士の写真全開でいきます。



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[街の中、こっちにも、]

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[あっちにも、]

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[かっぽ!闊歩!]





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Free Tibet VS 西蔵解放  (チベットメモ5)

2009.02.14 ▲チベット
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なぜFree Tibetばかりが盛んに言われるのか?
地球上の民族問題はそれだけでは無いはずなのに、と思っていた。


クルド人は、1500万人
ウイグル人は、1500万人
チベット人は、620万人である。
(いずれも国をまたいだ人口数)


人口規模だけでみれば、
飛びぬけて問題視される理由にはならない。

なぜチベットか?考えてみたが、
唱えているのが、アメリカ中心とした欧米勢力であることに注目すると、筋が通る。
古くは反共、最近では新大国としての中国を牽制する手段として、チベット擁護がある。
また、欧米社会は、イスラム擁護はしない。

天安門事件が1989年、
ダライラマ14世がノーベル賞を取ったのもその直後。
事件後、アメリカはじめ西側諸国は経済制裁を行ったが、
ダライラマのノーベル賞授与も、そうした非難行動の一環だという。

その後からか? ハリウッド映画でチベットが取り上げられたり、
チベット仏教に入信するハリウッド俳優が現れたりという現象が起こるのは。
その過程で、一般人レベルまでチベットに対する良いイメージは浸透した。

アメリカのお家芸「人権外交」。
国内の世論もそれを善として向かい、社会現象にまでなる。
そういった大きな流れの中に、「FreeTibet」はあるのではないだろうか?

しかし、「人権外交」の目的が、民主化、市場開放等であっても、
結局のところ、アメリカという国家の外交カードの一つである。
アメリカの都合が最優先される結果、当のチベット人は時として翻弄されてしまう。



「Free Tibet」と「西蔵解放」、
いずれも日本語訳すると、「チベット自由化」となる。
西蔵解放を唱えた毛沢東とFreeTibetを唱えるアメリカ政府、
どちらも身内に利益があるから唱えているだけ、になりかねない。
チベタン自身の利益を考える以上に、だ。

中国が経済大国化すればするほど、
共産党政府の動向が、欧米資本の利害を左右するようになる。
そうなった場合、チベット擁護という外圧はますます掛けにくくなることが心配だ。
本当に人権主義を国是とするならば、アメリカには徹底的に貫いて欲しいと思うが。




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北京とラサ  (チベットメモ4)

2009.02.14 ▲チベット
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北京に白塔寺という古い寺がある。
モンゴルが元朝と称した初期、皇帝フビライ・カーンは、
今の北京のもととなる都を建設し、大都と称した。
白塔寺は、その時に建立された、チベット仏教の寺である。

チベットのパクパという僧が、フビライの師となった。
以来、モンゴル人の間では、チベット仏教が大流行し、今に至る。
(ちなみに今でも、夏になるとラサには大勢のモンゴル人が訪れると聞いた。)

元朝が倒れ、明朝に変わると、モンゴル人たちは、北や西へ逃れた。

その中、西方にアルタン・カンという王がいた。
彼こそが、「ダライラマ」の名付け親である。
彼は自身をフビライに、ダライラマ3世をパクパになぞらえた。
以後、チベットはモンゴルの後ろ盾を得たダライラマの時代となる。

少し下って、満洲族による清代。
3代目・康煕帝が、内外モンゴルを討ち従えたとき、
同時にチベットもその支配下に入った。1677年のことである。

現在の形のポタラ宮が完成したのは、1694年。
工事はダライラマ5世の時に始まり、6世の時完成する。

チベット仏教やダライラマの権勢は、
初めはモンゴルの、後にはモンゴルを従えた満州族の庇護下で繁栄した。
北京とラサの関係は、なかなかに長く、強いものである。



ポタラ宮内に陳列されていたもの。
法衣を着た康煕帝・乾隆帝を中心にし、周囲を仏像が囲んでいる。
漢、蔵、満、蒙の4種の文字で
「今皇帝 万歳 万々歳」と記された牌が中心に置かれている。

ポタラ宮内の壁画。
6世だったかが、北京の紫禁城に赴き、
「西方を仏光で遍く照らすダライラマ」という称号を授かったという場面。


もちろん、ポタラで僕らが「見れるもの」は、
北京とラサの関係が近しいものだったとして、
ことさらに見せたいという展示者の意図もあるだろうが。

いずれにしても、
北京政府は、チベットを簡単に手放すことはしなそうだ。



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[こんな壁画。これではないが、ダライラマ(?)世が北京を訪れたというものもあった。]




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ダライ・ラマ  (チベットメモ3)

2009.02.14 ▲チベット
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ポタラ宮を訪れた。
外観は荘厳、内装も絢爛であることこの上ない。
中国広しといえども、これだけの規模の建築物は、北京の紫禁城くらいではないか?

内部には歴代ダライラマの霊廟が並ぶ。
どれも豪華なつくりで、黄金数千kgを使い、高さは10数mに及ぶ。

ダライラマの権勢が、とてつもないものだったことが分かる。
ポタラ宮を建てるのに、どれだけの人間を使役したのだろう?
黄金の棺を作るのに、どれほどの財を集めたのだろう?
宗教という、「ありがたい」ものだから、人々は付いて来たのだろうか?

戦前日本の国家神道や十字軍のキリスト教を思うまでもなく、
宗教は、集団をまとめるという効果は絶大だ。

意図がどうであったとしても、
宗教には麻薬効果があることは確かだろう。

そして、いくら純粋な宗教とても、人を動かす力を持ってしまえば、
権力であることには変わりない。



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[老若男女、みんな登る登る]

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[内装は豪華! 扉の取っ手一つ取ってもとっても素敵な意匠。]





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ラサ日記  (チベットメモ2)

2009.02.07 ▲チベット
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ラサに着いたのは、夜の10時過ぎだった。
Yak Hotel(亜賓館)まで行ってくれと頼むと
自分のことを漢族と間違えたタクシードライバーは、
「あそこは危ない。他に良いところある」と、すすめられた。

Yak Hotelのある北京東路周辺は、昨年春の蜂起の中心地だったという。

夜着くと、まだ10時だというのに、まっくら暗い。
商店のシャッターは軒並み閉まっていて、
街の辻ごとに武装した兵隊が5人単位で立っている。
道路には、装甲車も行き来している。
ものものしい。


今年の春節(旧正月)は、1月25日。
中国では、春節前後の1週間ほどが長期休暇になり、盛大に祝う。
チベット暦の新年は、また別にあるものの(2月28日)、
ここラサでも、春節の日は、
盛大に花火が上がり、街中で爆竹が鳴り響いた。

危ないのは、ちびっこ。
道路の反対側から、火の着いた爆竹をバンバン投げてくる。
道行く人の足元で爆裂し、アヨーと叫ぶ光景がそこここで見受けられる。

ちびっこの爆竹は、
5人編成で巡回する人民解放軍に対しても投げられた。
爆竹が、隊列の真ん中辺りで大きな音を立てて、爆発する。

テロルではないか!?

と、ヤジウマ的には心がときめく。
でも、幼な顔の人民解放軍の皆さんは、楽しそうに笑っている。
なかなか寛大だ。
彼らも幼い時から、春節の爆竹には慣れ親しんでいるんだろう。



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[ラサ駐在の兵士はみんな若い。]


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[爆竹準備中。]


[響き渡る爆竹音。]




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ラーメンの母を訪ねて。 [蘭州(らんぢょう)]  ~麺紀行3~

2009.02.04 ・麺が好き
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みんな大好き!ラーメン。
日本人の国民食です。

でも、なぜ「ラー」メンと呼ぶのか?


「麺」のことを、中国では「麺条(みぇんてゃお)」と呼ぶが、
一口に麺といっても、カタチや長さ、作り方など様々。

その中でも、「拉麺(らーみぇん)」とは、
「拉」=「引っぱる」麺のことをいう。

その名の通り、
生地を丸くこねた後、
引っぱって伸ばす、
引っぱって伸ばす、
ということを繰り返し、
食べ頃の細さに仕立てるもの。


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この「拉麺」が、
日本の「ラーメン」の語源になっているというのが
もっぱらの説です。

イスラム帽をかぶった回族があきなう
「正宗 蘭州牛肉拉麺」の看板をかかげた店は、
いまや中国全国のどの街でも探すことが出来る。

注文後、一品づつ手で伸ばして出す麺は、
本当に美味しいと思う。

今回は、世界のラーメンの総本山である
蘭州でラーメンを食べてみた。




■蘭州牛肉拉麺
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香菜、ねぎ、辣椒、そして牛肉の4つの具を入れるのが基本。




■名店訪問
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蘭州の名店と言われる「馬子禄牛肉面」へ行ってみた。

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すごい行列。中国人がメシを食うために行列を作るのを初めて見た!

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麺ゆで、具のせ、スープ掛けと流れ作業。

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一杯3.5元。辣椒が多めで少し辛い。
有名店だからといって、必ずしもうまくは無い。




■蘭州食べ歩き
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蘭州では、わざわざ「蘭州」牛肉拉麺とは名乗っていない。

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全国チェーンの店の総本店があったり、と。

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とにかく、蘭州では街中に拉麺屋があふれている。

ラーメン好きには、天国のような街。

1泊2日の滞在で、ラーメンを5杯も食べてしまった。






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女子写真@西安(しーあん)

girls@xian
キメてる!感じ。




 更新遅くなってしまいましたが・・・
 今さらながら西安編です。





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偽名 ~青蔵鉄道編~

2009.02.02 ▲チベット
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蘭州駅でラサ行のチケットを要望したら、
あっさり買えてしまった。
外国人がチベットを旅するには、入境許可証が必要で、
持っていないと切符を売ってくれすらしないことが多い。

それが、窓口で何も問われず、
あっさり買えてしまった。

硬臥で552元。
おつりと一緒に健康カードを手渡される。
4000m級の高い標高を通るので、その意思確認証のようなものだ。
名前や国籍等を記入し、乗車後に手渡す。


出発は明日。
健康カードになんと書こう。
日本人と書くべきか?
その場合、許可証が無いことがとばれたときに、途中で降ろされる恐れがある。
中国人と書くべきか?
その場合、徹底的に中国人のフリをしなければいけない。
蘭州からラサまで、30時間あまり。耐えられるか?
一晩悩んだ。


5年前、親切な中国人の友人にもらったアドバイスを思い出した。
「中国では、外国人専用の高い宿に泊まるしかないから、旅行しにくいだろう。
日本人は顔が一緒だから、中国人のフリをすれば良いんだよ。」
と言って、親切にも自分に中国人名を着けてくれた。

「蘇有凱」

「すーようがい」と読む。
これなら、もし日本人とばれても、
本名を音訳しただけだ、と言い訳がつくからバッチリだ、と。


よしっ、久しぶりにこれで行こう!
オレは蘇有凱だ。


蘭州発17:15、ラサ着翌21:50
30時間弱。長かった。
が、作戦成功。


途中一度、
乗務員の言っていることが理解できず、
3度聞き返したら、

「あんたどっから来たんだ? ひょっとして韓国人か?」と問われた。

「不是!」

断固、否定し、
事なきを得た。


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[列車の中では、隠し撮り。それくらいなりを潜めていた。]




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