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石の街・ブジュン ~街編~

2009.04.28 ▲ネパール
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自分は都市滞在型の旅行者なので、
旅をしたいと思っても、だいたい行き先は街と決まっていた。
なんとなれば、街のくたびれたエリアで居酒屋に入って
「こんちわ」なんてやっている方が楽しいからだ。

カトマンズから車を乗り継ぎ8時間、
下車してさらに歩いて4時間。
グルンの村ブジュンまでの道のりは遠い。
まさか、ここまで来てウルルン的なホームステイをするとは思わなかった。

でも、車の乗り入れない奥地だからこそ、
村の文化や景観も残っている。

ブジュンは、山奥の桃源郷のような村でした。


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夜明け頃。朝もやが群青色に染まります。


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山肌に480戸がひしめいている。
全村で2500人程が住んでいるという。


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晴れ渡った空に山が見える。雪山はラムジュン・ヒマル(6893m)。
「ヒマル」とは山の謂い。周囲の緑山も2000m級なのだが、こちらの人は丘と呼ぶ。


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家も道も石で出来ています。村の中はまるで迷路のよう。


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角が丸い楕円形の家。
この村の伝統的な造りというが、残っているのはこの一軒だけ。













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日本人みたいな「グルカ兵」

2009.04.26 ▲ネパール
IMGP7916
突然ですが、マッキーの写真からスタートします。


ネパールに来て意外だったのは、
結構、ネパール人と間違えられること。
これまで、韓国、中国は当然ながら、
雲南の山奥のナシ族やタイ人にも間違えられたことはあったのだけど、
まさかネパールでも溶け込めるとは、意外でした。

ネパール人たちは自分たちを分けるのに、
モンゴリアンとアーリアンという区別を良くするが、
この国の北部山地には、モンゴリアン=モンゴロイドが多く住んでいる。

中でもゴルカ、ラムジュン、カスキ等の地方に多いのがグルン族。
カトマンズでは日本人の僕は「グルンか?」と問われることが多いのだ。

さて、グルン族は、勇敢・敏捷で有名な「グルカ兵」は多く輩出しているのだという。
それもそのはず、ヒマラヤ付近の山岳地帯で育っているのだから。
強靭な体力を持つ人たちで構成される「グルカ部隊」は、
今なお英国をはじめ、インドやシンガポールなどの旧英国植民地各国に存在する。

200年ほど前、イギリスがネパールを支配下に置くきっかけとなった戦争をした時、
最後まで徹底抗戦して、さんざん手こずらせた彼らが、
その後、イギリス軍によって組織されるようになったという。
ちなみにインパール作戦時、日本軍のインド侵入を阻止した立役者もグルカ兵。
歴史の話をすると、そのことを勝ち誇ったように語る人もいる。

とある20歳のグルンの若者は(写真のマッキーですね)、
上の兄がイギリス軍に、下の兄がインド軍に入隊していると話した。
グルンの20~30代の若者の多くが外国軍に志願するのだという。
彼自身も、今度、イギリス軍の入隊試験を受けるのだと言った。

イギリス軍だと月給20万円スタート。
インド軍でも相当な給与がもらえると言い、
退役後の年金手当てもある。

山村に住む彼らにとって他国の兵隊になることは、
一つのサクセスロードになっているのだ。



とはあれ、前置きが長くなりましたが、
マッキーの故郷でもあるグルン族最大の村・ブジュンに行くことになりました。
次回続く・・・












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ホーリー祭 in カトマンズ

2009.04.24 ▲ネパール
3月10日は、ヒンズー教のお祭り「ホーリー祭」。

この日は、街中で誰かれ構わず、
色粉を顔に塗りたくったり、色水を投げたりします。

街中のあらゆる高い場所、窓から、屋上から、
バケツの水や色粉を溶いた水が降ってきます。





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ホテルの男子らと街を練り歩く。右手に水風船、左手にバケツ。





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き、来た・・・





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みんな仲良く背中にぺったん。





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油断大敵です。





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バイクにバケツの水が命中。





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“水風船投げて見なさいよ”と屋上からの誘い。





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文字通り、バケツを引っくり返した水が降ってくる。





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ハッピーホーリー!





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目がいっちゃってます。





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みごと命中!





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イエイ





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たらいをもって待機中。





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旅行者も積極的に参加します。





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おや、来ましたね。





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おっとっと。





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おかえしだ!













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トゥクパ in カトマンズ ~麺紀行5~

2009.04.22 ・麺が好き
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トゥクパです。
こちらのチベタン系の料理屋で食べられますが、
カトマンズは大都会なせいか食文化が発達していて、
チベットで食べたトゥクパよりも美味しいです。

カトマンズでは、日本食屋も多いので、
うどんやラーメンも食べられますが、
どうしても麺のコシの無さが気になります。
NGOの農業支援で来ている人に聞いたところ、
使っている麦の質が違うから仕方が無いとのこと。

その点、トゥクパは、
初めから期待していないせいか、コシの無さは気にならず、
麺と具材と汁のバランスが良く、
ニンニクが効いていて、ネギが乗っていて美味しいです。




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餃子日記4 ~モモinカトマンズ~

2009.04.21 ・餃子も好き
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カトマンズの餃子=モモです。
ネパールには大きく分けて、インドマサラ系とチベタン系の食べ物がありますが、
チベタン系の料理屋で食べたのがこれ。

だいたい蒸し、焼き、揚げが選べ、
中身は、水牛、鶏、マトン、野菜などの種類があります。

見かけは、日本で食べるような餃子にそっくり。
つけダレは、チリソースとマサラ風味が付いてきます。
マサラ風がネパールっぽい。



★「餃子日記」一覧
 餃子日記その1 ~日中韓食べ比べ~
 餃子日記その2 ~本場・山東省の味~
 餃子日記その3 ~チベット編~
 餃子日記その4 ~ネパール編~
 餃子日記その5 ~ラダック編~



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聖地ナーマブッダ (チベットメモ10)

2009.04.19 ▲ネパール
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ここナーマブッダは、仏教の聖地。
お釈迦様が前世にした善い行いを描く「捨身飼虎」の現場とされる。

説話いいわく、お釈迦様は前世で、
7匹の飢えた子を連れた母虎を不憫に思って、
自分の身体の一部を裂いて、その肉を与えたという。



ここには、チベタンがたくさん巡礼に訪れていた。

たまたま写真を撮ってもらおうと話しかけた高齢の男性。
チベットから来た人かと思いきや、英語で応じてくれたのでびっくりした。
いわく、確かにチベタンだが、今はアメリカに住んでいるとのこと。
しばし会話をしてみた。

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僕が、チベットへ行ってきたと言うと、
ラサはどうだった?
セラ寺へ行ったか?
と矢継ぎ早に聞いてきた。

彼は、もともとラサの大僧院セラ寺の僧侶だったという。

ラサの街には軍人が溢れていたこと、
セラ寺には意外と僧侶が少なかったこと、などを話すと、
さほど驚きもせずに彼は、懐かしそうに遠くに目をやった。

ラサの街が軍人だらけだったと説明すると、
大抵の人は、驚いたり、怒ったり、悲しんだりする。
だから、無反応な彼をみて僕は不思議に思った。

彼は1959年、ダライラマが亡命した時に一緒にインドへ逃れ、
その後アメリカへ渡った。それから40年経つという。

50年前の動乱を知っている彼からすれば、
ラサ市内が中国軍で溢れていることなど、当たり前の事実に過ぎないのだろう。
それだけ50年前の事件はひどいものだったということだ。

でもそれ以上に、彼はラサに戻りたいと思っているようだった。



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チベット衣装の人たちが沢山訪れていた。

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辺り一面は農村。ひと際小高い丘に寺が建っている。

IMGP6237
スローガン。

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帰り道。山道を走るバスの屋上は気持ちが良い。













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ヒマラヤ大パノラマ ~ナガルコット~

2009.04.17 ▲ネパール
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[日の出前の眺望。一番遠く見える山脈がヒマラヤ]


というわけで、ナガルコットへ行ってきました。
訪ねに行くと言っておきながら、その後1ヶ月も経ってしまったが。

ナガルコットはカトマンズから2時間あまりの場所で、
ヒマラヤの展望が素晴らしい、と言われています。

雨季に近づきつつある今はシーズンオフながら、
運良く、初日の夜に雨が降ったため、
翌朝は日の出を拝むことが出来ました。



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通称「タワー」。周囲で一番展望のきく丘の上にそびえる。
実は、丘自体が高いので、タワーに登るまでもない。
ナガルコットの町から5km(徒歩1時間)ほどなのだが、
途中、軍隊の錬兵所の横を発砲音に怯えながら登っていく。



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タワーの丘では、高校生、熟年カップル、酔っ払いの若者、
ホモくさいおじさん等々、色んな人に出会った。
これは、近所のちびっこたち。



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前述のA氏
友人でもあるオーナー夫婦とその家族、スタッフらと静かな暮らしを楽しんでいる。





★交通
カトマンズよりバスにてバクタプルへ(40分、20Rs)
バクタプルでナガルコット行きに乗り継ぎ(40分、25Rs)













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カトマンズのナイトライフ (パート2)

2009.04.16 ▲ネパール
kathmandu

Aとは、前述の彼と飲み歩いている時にはじめて会った。
「Aと俺は幼い頃、一片のチャパティを争った仲だ」と彼は説明した。

最初、Aはあまり喋らなかった。

彼が「日本にいたとき、日本人は皆オレを疑った。だました」と言いはじめた時、
僕は「日本には外人が少ないから、我々と外人を分けて考える習性がある。それは確かだ」と言った。

Aが初めてまともに口を開いたのは、その時だった。
「だから、俺も日本人は嫌いなんだよ」
そう言うなり、Aは一足先に店を出て、ホテルへ帰っていった。

後日、日が落ちた頃の路上で偶然、Aに声を掛けられた。
カトマンズを去る予定だったはずの彼もまだ、滞在中だという。
じゃあ、あとで一緒に飲もうと、待ち合わせた。

8:30にいつもの居酒屋の入口前でAと彼は座っていた。
彼は、カトマンズ滞在中には、
持ち前のしゃべりを活かしてガイドをしながら、事業資金を稼いでいる。
その日は、あまりに飲んべえな客に愛想を尽かし、途中でバイバイしてきたらしい。
また、それとは別に、同宿のパキスタン人に2400Rsを貸したところ、
翌日とんずらされたと言う。踏んだり蹴ったりだ。
「今日は疲れたよ」と言い、彼は先にホテルへ帰って行った。

Aと本格的に話したのはその時が最初だった。
「差し支えなければ、聞いても良いですか?」と丁重にたずねてきた。
イギリスに住んだことがあるか?という質問だった。
ある、と答えると、
「やっぱり、なまりでそうだと思ったんだ。
 俺はイギリス人の友達が沢山いるんだ。だから、君とは話ができそうだ」
彼は言った。



Aは、15歳の時からカトマンズの伯父さんの商売を手伝って、金回りが良かったという。
実家はカトマンズからさほど遠くない農村である。

おじさんの商売は、彼が20歳を過ぎた頃、傾き、倒産した。
伯父は母親名義の故郷の実家の土地まで抵当に入れていた。
だから伯父には騙されたと恨む。
若い頃から辛酸なめ尽くしているのだ。

「殺してやる」とある日叫んだ彼とは正反対のA。
彼は、ひたすら走り、思い込んだら一直線。盲目になる。
例えば、日本人が嫌いと思ったら、とことん嫌う。
白黒がはっきりしている。
うまく行くときはぐんぐん昇って行くが、沈むときも同様に速い。
人を信じやすく、人に騙されやすい。憎めないタイプ。

Aは、慎重で思慮深い。ブッダの教えを良く引用する哲学家だ。
いかに自分をコントロールするか、煩悩を殺し、何事もほどほどの生活を尊しとする。
外国へなんか行かなくても良いと言った。
人生で大事なことは、日常に転がっているからだ。
釈迦だって、ネパールと北インドを巡っただけで悟りを開いたんだから、と。
だから、自分も欲を抑え、日常を大切にし、善き人生を送りたい、と言う。
彼は、自分のことを好きになれないのだ。

彼は、今、ナガルコートのホテルをマネージャとして切り盛りしている。
「そこでは、とても静かな生活なんだ」という。
「カトマンズでは、酒も飲むし、昔はドラッグにも浸った。
 バンドのボーカルをやっていたこともある。
 でも、全部疲れた。
 オレは自分自身のことを好きになれない。
 今は、ナガルコートで仕事している時は、酒の一滴も飲まないんだ。 
 今は、ひっそりと静かな生活を送っていたい」という。
まず身の回りのことを大切にしたい。そこから幸せを作って行きたい、と言った。

Aのことは、好きになれそうだと思った。
そして、ナガルコットへ必ず訪ねに行くからと言って別れた。













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女子写真@カトマンズ パート2

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おんなは愛嬌!ホテルの家政婦さんです。チャットリ族です。



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男子写真@カトマンズ (パート2)

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カトマンズのナイトライフ

2009.04.03 ▲ネパール
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しこたま飲んで酔っ払った彼は、しだいに毒づき始めた。
「オレは日本人をぶっ殺したいんだ。オレはマフィアだ。
 お前をぶっ殺してやる!」

僕は、恐れおののいた。
が、すぐに彼が虚言癖のある人間だと思い出した。


良い酒が飲める店では、良い友達が出来ると勝手に信じてるのだけど、
日本語が上手なネパール人の「彼」とも、行き付けの飲み屋で出会った。
彼は、日本に4年間住んでいたという。
日本人女性と結婚して、奥さんとの間に2人の子供を授かり、
日本で必死に働いた。
六本木ヒルズ、レオパレス、パナホーム、東京駅前の旧大丸跡地の再開発と、
たて続けに、大きな建設に携わり、歌舞伎町でホストもやったという。


彼が語った自身の履歴によると、
彼の親類には、国や地方の政治家が多く、
彼自身はマフィアで、日本のやくざとも友達だった。
さらに、日本から帰国する間際には、自衛隊のお偉いさんとも仲良くなった、という。

さかんにそんな威勢の良いことを口走った。
虚言なのか?権威を借りて偉ぶりたいだけなのか?

飲み屋で数時間、一緒に飲み、一緒に歌った。
店内の一角では、歌好きな夫婦がネパールの歌を唄っていた。
そのうちに日本の歌を唄えと言う。
彼は、一番好きだという『上を向いて歩こう』を覚えていた。
「上を向いて歩こう『涙がこぼれないように』」って所が良いんだ、と言った。
ばらばらな音程ながら、しっかりと歌詞を覚えていた。
僕は、音程は知っているけど、彼よりも歌詞を知らないのでメロディを担当した。
楽しいひと時だった。

しかし、酔っ払って「ぶっ殺してやる!」と毒づき始めた彼。

とりあえず、閉店時間を大幅に過ぎた飲み屋を後にし、
フラフラになった彼に肩を貸して、彼が泊まるホテルまで送ることにした。
途中、「疲れた」と言った彼と一緒に、シャッターの閉じた商店の前の階段に腰掛けた。

「オレは自分を殺して、日本で必死に働いた。
 でも、日本人はオレを殺した。
 オレは日本が大好きだった。オレは全てを日本にささげた。
 でも、日本人はみんな嘘ついた。そして、オレから全てを奪った。
 オレの子供を返せ!!
 日本人は皆ぶっ殺してやる!!お前からだ!オレとここでやるか?」

彼に奥さんとの馴れ初めや、なぜ別れてしまったかを聞いた時、
「忘れた」と言った彼の気持ちが、その時ようやくわかった。
深い深い悲しみと怨みしか、彼には残っていないのだ。

「君は僕を殺せない。それに、僕は君に僕のことは殺させないよ。
 なぜって、君はまた日本に行かなきゃいけないからだ。また子供に会いに行こう。」
そう言って、彼の肩を抱きしめてあげるしか無かった。

三月三日。今日は楽しいひな祭り。それなのに、男の肩を抱いてしまった。



あれから1ヶ月。今では仲良くやってます。













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