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街角写真 [in アグラ]

アグラは、タージマハルをはじめとした世界遺産で有名ですが、
普通の街並みもなかなか良い感じです。

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夕暮れどき


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撮ってくれとせがまれて


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CNG=圧縮天然ガス


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やはり牛はいます


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甘そうですが、表情は渋いですね


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店番のきょうだい


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結婚行列。馬に乗るのがマハラジャ式


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昼間の牛


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上7点: PENTAX K20D + PENTAX-FA 31mm F1.8AL Limited
下1点: RICOH GRDⅢ
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アグラ登城日記(下)

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[アグラ城内]


さて、アグラ城の今日見る形は、
5代目のシャー・ジャハーン帝による増改築を経てのこと。
シャージャハーンの時代にインド・イスラムの折衷文化は栄華を極めた。
彼の手がけた建築物は、それを物語るに十分足りる。

シャー・ジャハーンは建築狂だったようだ。
アグラ城改修、タージマハル建造、デリー城建築などの大事業を次々とやった。
タージマハルは、愛妃を亡くした翌1632年から建立が始まり、
22年後の1654年に完成する。
彼はそれと並行して、1638~1648年の間デリー城の建築を行い、
その完成の10年後、デリーへ遷都している。

しかし、彼はなぜタージ建立と並行してデリーに城を造ったのか?
言葉を換えれば、
彼はなぜ、最愛の妃を葬るタージマハルから離れ、デリーへ行こうとしたのか?
悲しみ極まったあまり、アグラの地を離れたかったのか?
はたまた、デリーに新しい女でも出来たのか?
(手元の資料が乏しいので憶測ばかりで申し訳ないのだけど)
謎である。


ところで、デリー遷都の1658年は、
シャージャハーンの息子アウラングゼーブが、
兄弟との争いに勝ち、次代の皇帝として即位した年でもある。
この時、息子は父帝シャージャハーンをアグラ城に幽閉している。

幽閉されたシャー・ジャハーンは、74歳で死去した。
晩年の8年間をアグラ城からタージマハルを眺めて過ごしたと言われる。
彼が、アグラ城からタージマハルを眺める時、悲しさを感じたことは確かだろう。
が、それはひとえに亡き王妃を思うゆえであっただろうか?



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[城内建築内部]


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[楼上よりタージマハルを望む]


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アグラ登城日記(上)

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世界史上に空前の大帝国を築いたチンギス・ハン。
モンゴル高原を統一し、遊牧世界の王たる「ハン」を号したのが1206年。

「チンギス家の娘婿」を名乗ったチムールが、
中央アジアに大版図を拡げている最中に没したのが1405年。

チムール直系の子孫として生まれ、
中央アジア・フェルガナ地方を領していたバーブルが、
周囲との抗争に破れて南へ逃れた結果、インドに侵入し、
ムガル帝国を打ち立てたのが、1526年。

チンギスハンが、遊牧世界の王たる「ハン」を名乗ってから、
その“子孫”が、インドに王朝を打ち立てるまで、実に300年以上。
バーブルに始まる王朝はムガル帝国と呼ばれた。ムガル=モンゴルである。
モンゴル帝国の末裔たちの国は、
1857年に英女王ビクトリアが、インド女帝を兼ねるに至るまで、続く。


さて、ムガル帝国。
初代バーブルが王朝を始めたものの、
二代目が他国の侵攻を受け北インドを追われることもあった。
しかし、三代目のアクバルが優秀であった。
流浪の末に北インド平原に辿り着いたユーラシアの名門家が、
アクバルの時代にやっと腰を落ち着けて、
さあ新国家経営に取り掛かろうという段になった。

アクバル大帝は、アグラ城の建設に取りかかり、ここを首都と定めた。
時に1564年。アクバル23歳のころである。
青年君主が、内外の情勢を平らげ、国の基礎を固めつつある時、
乗りに乗って造ったのがアグラの城なのだ。
そして、ムガル帝国の最盛期のほとんどは、首都アグラとともにあった。

(→次回へつづく)


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城内は広々。


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城内建築(赤)

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ズームイン。

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城内建築(白)

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ズームイン。


[撮影: PENTAX K20D + TAMRON 18-200mm F/3.5-6.3]


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タージマハル [in アグラ]

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タージマハルは墓である。
ムガル皇帝シャー・ジャハーンが、
最愛のペルシア姫の死をいたんで建てた。
皇帝は、彼女のための白い墓の向かいに、
自らの黒い墓をも建てようと計ったものの、
晩年は息子に実権を取られ、
幽閉されたアグラ城から、淋しくタージを眺めて過ごした。
云々の話はあまりにも有名。


余談ながら、バングラデシュにて、インド行の話をしたところ、
バングラ人は「おー、タージマハル」と言った。
パキスタン人も「おー、タージマハル」と言った。

インドを敵対視しているパキ人でさえも、
タージマハルは“世界で最も偉大な建築の一つ”だと言った。
タージマハルは、インド建築である以前に、
イスラム建築の最高峰の一つと認識されているようだ。


実際にタージを訪れてみた。
門をくぐる頃、タージ本堂が見え始める。
前庭、本堂、4本のミナレット、そして周囲の建築群すべてが、
見事なまでに左右対称の形に造られている。
前庭を進むこと数百メートル、
眼前のタージはとてつもなく大きい。

朝5:30の開門とともに入場したので、まだ客は少ない。
誰もいない本堂の中に入ってみる。
外見の大きさとは対照的に室内はこぢんまりとしている。

完璧な球体がかぶさるドームは、音を半無限反響させる。
耳にしたことの無い音、不思議な音が続いている。
シャワシャワシャワシャワ ひゅわんひゅわんひゅわんひゅわん
一瞬、ちがう世界へ意識が飛んだ。
か、と思ったところで、目の前に二つのお棺。
一つはど真ん中に置かれたペルシア姫の棺。
もう一つは、その隣に葬られた皇帝の棺。
帝の棺はあとから置かれたため、
そこだけが左右対称の完璧さをくずしている。

白と黒の大きな墓が、川を挟んで向かい合うより、
こうして仲良く並んで眠っている方が、幸せだったんじゃないですかね。


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[門。]


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[みんな大好きタージマハル。]


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[ピチッと左右対称なタージマハル。]


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[実はとても巨大なのです。]


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[ディテールの装飾も見事です。]


撮影: PENTAX K20D + PENTAX-FA 31mm F1.8AL Limited、 TAMRON 18-200mm F/3.5-6.3


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普通のビール [in バラナシ]

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「ビールがあるよ」と店主はささやいた。バラナシで入った飯屋でのこと。
銘柄はキングフィッシャー。お値段120Rsであるという。
コルカタでは酒屋で50Rs、バーで80Rsで売っていたビールが、だ。

「エライ高いな。本当は50Rs位でしょ?」というと、店主は、
「何をおっしゃいます。お客さん。
 バラナシではどの飲食店も酒類取扱の免許を持ってないのですよ。
 ウチはたまたま弟が他州にいて、そこから仕入れているんですがね。
 だから、これはある意味、密輸入酒です。
 高いのはその分のコストだと思ってください」と、のたまった。

ウソくさいと思った。
が、たしかにバラナシの食堂では、どこも酒を見かけない。
酒屋のある場所を教えてもらったが、遠いのだ。
気温48度もある中、行くのも億劫だった。

そのため数日間、禁酒状態だったのだが、
バングラ帰りの身としては、結構へっちゃら。
とはいえ、酒があると言われれば、
思わず身を乗り出してしまうのも酒飲みの悪い癖。
「分かったよ。じゃあ一本ちょうだい」
と、飲んだのがこのビール。

コップがガラスでは無いのは、
中身が見えないように配慮しているため。
ビール瓶は、テーブル下に置いて隠しておいてくれと言う。
飲んでみた。ふむ。普通。

最初、隣席にいた仏人カップルには、
「ビールあるんだってさ!オレは飲むぜ。あんたらはどう?」
なんて、大はしゃぎしていたのだが、
ここのビールは内緒のビール。
ちびちびと大人しく飲んで、大人しく終えた。
所詮ビールはビール。普通。
久方ぶりに飲んだとはいえ、
一本ぐらいではそんなに酔いもしないのだ。


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喜劇的なインド人

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「日本人は、悲劇的か?喜劇的か?」
昔、寺山修司がニューヨークの街角で片っ端から訊きまくったところ、
ほとんどの答えが、「喜劇的」だったという。

インドに来て、「インド人は、悲劇的か?喜劇的か?」と考えみた。
結論からいうと、インド人も十分に「喜劇的」だと思う。


インドに来る前、インド人の風評はひどいものだった。
聞いた話を並べてみても、
「インドで話しかけてくる奴は100%悪者だ。信用するべからず。」
「パキスタンでは、皆が君に何かを与えようとするが、
 インドでは、皆が君から何かを奪おうとする。」
等々。


実際にインドに訪れてみてどうか?
インド人はお茶目である。

コルカタのあまりの都会ぶりに路上で途方に暮れていたとき
破れかぶれで道ばたのリキシャマンに対して、
バングラで仕込みのベンガル語で「ヘイ!ボンドゥ(友達)」と言ってみた。
リキシャマンは少しはにかんだ。
(それじゃ、こっちが恥ずかしいじゃないか。)
そう思った瞬間、
すれ違う青年と眼が合った。
リキシャマンとのやり取りを見ていた青年は、
眉毛を上げて口をへの字に曲げ、あごを上げる独特の表情を作った。
そして、目の奥には慈悲の心とユーモアを解する意思を湛えていた。
ちょっとホッとした。

その後分かったのだが、この表情は彼の専売特許ではなかったのだ。
このインド独特な表情は、その後もインド各地でたびたび見かけた。
自分もたびたび試してみた。
すると、以心伝心した。
こちらが変な顔をすると、変な顔で返してくれる。
お茶目な人たちだと思った。

そして、「喜劇的な日本人」と「喜劇的なインド人」が出会っているんだなあ、
と思ったら、楽しくなってきた。


以下、インド人との会話例。



■バラナシの日本語使い

「元気?」
「おお、元気だよ」
「日本どこ?おおさか?」
「東京」
「バラナシいつ来た?」
「昨日」
「僕の店来て。バンダナ20Rs、スカーフ40Rs、インド服100Rs。安いよ」
「要らない」
「なんでやねん」
「なんでもええやん」
「どんだけ~」



■あーいえば、こーいうインド人。

「店に来てよ。買わなくても良いから。見るだけで良いから。」
『買いたくないから、店に行きたくないし、見たくない。』
「何で?バンダナ20Rs、スカーフ40Rs、インド服100Rs、安くて良いものがそろってるよ。」
『だから必要ないんだって。それに、見るためだけに行ったって意味は無いじゃん』
「何で、君は僕の心をぶち壊すんだよ?」
『何で、君は自分の心を壊わしたんだ?勝手に自分で壊したんだろ?』
「だって、君が僕の店に来てくれないからだ」
『だから、何も買いたくないって言ってるじゃん』
「短パンは、インドではカッコよくないよ。」
『余計なお世話だ』
「インドに来たんだから、インド服を着なきゃ。」
『そう言う君だって、Tシャツにジーンズじゃないか。』
「僕は今、仕事中だからだ。旅行のときは僕だってインド服を着るよ」
『旅行のときにはインド服?だったらオレの場合は日本服じゃないか。
 とにかく、これ以上荷物が重くなるのは勘弁なんだよ。』
「うちの服やバンダナは軽いよ。荷物になんかならないよ」
『いや、無いより有る方が重いに決まってるじゃないか』
「一個くらい重くないよ」
『たかが一個されど一個。その一個が大事なんだよ。
 ヒンズー教の神様は数百いるだろ。一つだからとおろそかに出来るか?』
(ここまで遣り取りして、やっと去っていく。)



■バラナシの客引き etc.

a「僕の店来て。見るだけ。見るだけならタダ。」
 →そんなんじゃ商売にならんだろ。

b「握手して。」
 →手を握ったら、勝手に手のマッサージを始めるつもりの人。
  こちらの手を上下左右に振ってみると、必死に上下左右に追って握ろうとしてくる。

c「僕は有名な画家なんだよ。」黙って聞いてみた。
 →「3ヶ月かけて、金を散らばめた大作を昨日完成させたところなんだ。」さらに敢えて黙っててみた。
 →「来月にはジャイプール博物館に収められる予定なんだ。」
 →『そうか、おめでとう。オレが買うより全然高く売れるね』というと、去っていった。

d「サイババの弟に会わないか?明日帰っちゃうから。」
 →毎日そう言うが、いったいそいつはいつ帰るんだい?

e 火葬場にて(遺体を焼く「薪代」寄付という名目で金を取ろうと言う専門の人がいる)
 「ジャイカも多額の寄付をして行ったんですよ。あなたも一口是非!」
 「おお、あなたが有名なジャイカさんですか。日本人の間では有名ですよ。ジャイカ詐欺。
  ジャイカが特定の団体に直接寄付することなんてありえないでしょ?」
 「証明書もあるんですよ。」
 「じゃあ、持ってきて見せてよ。」
 「いや、コンクリのプレートで重いから持って来れない。」と言って去っていく。


以上、
あ~疲れた。


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IMGP0606
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