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西ラダック巡礼 1 [ラマユル]

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[ラマユル・ゴンパ]


7/20 6時起床。
大きな荷物は宿に預けて、1日分の着替えを入れた風呂敷と
防寒着をカメラバッグに巻きつけて出発。
バスターミナルへ行ってみるも、今日はバスが無いとのこと。
たまたまラマユルの家に帰るのだと言うおっちゃんに誘われ、ジープに乗り込む。
7:30発ラマユルへ向かう。200Rs。
レーの街を南下し、郊外の幹線道路へ出て西へ向かう。
左手にインダス川を眺めつつ車は進む。

まもなくして小さな町へ寄り朝飯。プリーと野菜、チャイ。
この小さな町にも宿はあるようだ。
その後、車はしばらくの間、小さいが緑豊かな町や村を点々と過ぎていく。
まもなく景色は灰色一色に。荒涼とした風景。
町や村のある地域は、水が豊富で緑が多いことに改めて気付かされる。
途中パスポートチェック。

こちらの地元人は、ヒッチハイクの習慣があるようだ。
手を上げている人が居れば車は大概停まる。
行き先が合えば乗せていく。ごくごく自然に。
若い女性でも安心して乗っているようだ。
荒涼としただだっ広い山地で、「足」は大切だ。
「足」を持っている人が持っていない人に相乗りさせるのは、
遊牧民的な文化なのかもしれない。
以前は馬に乗っている人達が同じことをしていたのだろうか、と想像した。

いくつもの大地や谷、山を越えて、
再び小さな町に着いたところで小休止。
チャイをご馳走になる。

車はさらに山を越え、直角に近い険しい谷沿いの崖道を九十九折に曲がって行く。
前方は屏風状に山が重なっているため、よくは分からないが、
緑がようやく増えてきたと思った頃、両側の屏風の影からラマユルの町が見えた。
12時頃着。奇景。

「月の風景」と形容されることの多いラマユル。
山あいの小さな場所にポコッと不思議な空間が宇宙から落ちてきたような印象を受ける。
おばちゃんに誘われ、他に誰も泊まっていない民宿のような宿へ(150Rs)。
昼飯に「ラダック風トゥクパ」。
味は、カレーうどんであった。
(麺はほうとう。玉ねぎ、青菜のようなもの、赤ピーマンのようなもの)



すべては死んで行くんだ。後ろへ流れて去っていく。
自分の賞味期限は、あと幾ら?
この命をもって、何をなすべきか?



IMGP2042
[ゴンパ内にて]


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[ゴンパを間近から見上げる]


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[月面世界とも形容される風景]


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[地元の子供たち]



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餃子日記5 ~モモ in ラダック~

2010.03.16 ・餃子も好き
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以前、チベット餃子のモモを紹介しましたが、
インドでも結構、モモが食べられます。
特に、東北部ダージリン、シッキムや西北部ラダックには、
チベタンが多く住むこともあり、チベット料理屋が多い。

水餃子から焼き餃子まで形態は色々。
個人的には、ヤク肉メインのチベットのものや
水牛肉メインのネパールのものよりも、食べやすいと感じた。

ちなみにラダックでは (というかインド圏全般で、か?)、
焼き餃子はKothey (コティ) と言っていた。
コティとは、中国語の鍋貼 (ぐぅおてぃえ) が起源と思われる。
日本の「餃子の王将」で注文したときに、
「イーゴ・ゴーテー (一個鍋貼)!」
と言ってるあれですね。

それにしても 『餃子の王将』 から始めた餃子を辿る旅も
はるばる遠くへ来たもんです。



※これまでの餃子食べ歩き日記はこちら↓↓↓へどうぞ
 餃子日記その1 ~日中韓食べ比べ~
 餃子日記その2 ~本場・山東省の味~
 餃子日記その3 ~チベット編~
 餃子日記その4 ~ネパール編~



 
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上ラダック散歩 [ティクセ・ゴンパとシェー王宮]

レーからバスに揺られること40分、20km東にあるティクセ・ゴンパへ。


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ラダックを代表する僧院。ゲルク派。
山肌に所せましと僧坊が建ち並ぶ。かっこ良い。



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ティクセの屋上から。
インダス川沿いには、青々とまばゆい耕地が広がります。



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ラダックで最大と言う、15mもある大きな弥勒菩薩像。
お堂が2階建てになっていて、吹き抜け部分に大仏が座っています。



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ここの仏像はどれもきらびやかな印象。



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表情もさまざま。




さて、レーとティクセの間に、
かつてラダックの都だったシェーがあります。
ティクセから5kmほど。天気が良いので歩いてみました。


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街道沿いの風景。ここらの家は石積みで造る。



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こちらも街道沿いの家。





[シェー王宮]
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シェーは、16世紀にレーに遷都するまで都でした。
現在は、王宮跡とお寺が残る。



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見事な廃墟感。



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頂上付近。ルンタが翻っている。



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近くの広い荒野に、チョルテンが無数に建っている。


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レーとラサ

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ラダックは、チベット世界の西端にあたる。
レーは、かつてラダック王国の都として栄えた街で、
「小ラサ」といった感じ。
雰囲気のある良い街だ。
この地の人々は、チベット語のラダック方言を話し、
混血の跡が見られるが、モンゴロイドの顔付が多い。

このレーの街を見下ろす岩山にそびえる九層の王宮は、
ラサのポタラ宮のモデルになったとも言われる。

レーのように大規模な王宮や街は、
広いチベット世界を見渡してもなかなか無いから、
レーとラサが比べられるのも大いに頷ける。
しかし、チベット世界の辺境とも言えるラダックの地に、
このように大きな王宮があるのはなぜか?

“ここはシルクロードの重要な交易路上にあたり、
 交易によってもたらされた富が街を栄えさせた。”
そんな説明もそれなりの説得力を持っている。
が、それだけでは無さそうだ。歴史をみてみよう。



レー王宮の建設は、ナムギャル王朝の時代、
その最盛期を築いた王センゲ・ナムギャルによる。

センゲ王の時代、ナムギャル朝ラダックは、
チベット文化圏の西側大半を治めていた。
現在の地理で言うと、東は現パキスタン側カシミールの東部バルティスタンから、
現中国チベット自治区のンガムリン(シガツェの西150kmほど)までの広範囲に及ぶ。

へミス、チェムレ等、現在まで残る主要な寺が、
センゲ王の片腕、導師タクツァン・レーパによって建てられたのもこの時代だ。

このようにセンゲ王の時代、ラダックは隆盛を誇った。



17世紀当時、チベット世界は割れていた。
チベット動乱。動乱から新勢力による統一に向かう時代である。
その中、キープレイヤーとなったのは、
ラダックのセンゲ王やダライラマ等である。

歴史的には、元朝の滅亡とともにサキャ派が衰退して後の数世紀間、
中央チベットを掌握したのはカギュ派の政権だったが、
17世紀という時代は、新興勢力・ゲルク派勢力が旧勢力との抗争に勝利し、
[ダライラマ政権]を打ち立てるに至る時期である。

ラダックのセンゲ・ナムギャル王が生きた時代は、
つまり、分裂したチベット世界が、
新しい力によって統一に向かう時代であった。



さて、センゲ王の即位は1616年である。
この頃、中央チベットでは、
シガツェに拠点を置くツァントェ王政権[カギュ派]と
ラサを本拠とするダライラマ勢力[ゲルク派]との争いが続いていた。

カギュ派ツァントェ王は当時、中央チベットの「覇者」である。

一方、新興勢力ともいえるゲルク派は、
1577年にモンゴル皇帝のアルタン・ハーンにより
ダライラマの称号を授かって後、ますます勢力を伸ばしていた。

シガツェのツァントェ王の勢力がダライラマ側のデプン、セラ寺を襲撃し、
5000人もの僧侶を虐殺したという事件もこの頃のこと。
両者の抗争は熾烈を極めていた。



一方西方では、センゲ王が1630年、西チベットのグゲ王国を併合した。
グゲ王国とは、吐蕃王朝滅亡後、西へ流れた王族により建てられ、
チベット世界で一度は廃れかけた仏教を保護・復興したことでも知られる。
ここで起こったカダム派は、ゲルク派の基ともなった。
かように由緒正しく、800年ものあいだ続いたグゲ王国だったが、
領内で起こったドゥクパ・カギュ派とゲルク派の抗争を発端として、
前者を奉じていたセンゲ王のラダック勢力が、結果的に呑み込んだ。

波に乗るセンゲ王は、その後も東へ勢力を伸ばし、
シガツェを本拠とする「覇者」ツァントェ王と国境線を接することになった。
この頃には既に、長年「覇者」として君臨したツァントェ王と
ラダックのセンゲ王との力の差は明らかだったのだろう。
以後ツァントェ王はラダックへ朝貢することとなった。

ここに至ってセンゲ王は、カギュ派を奉じる旧勢力の代表勢力として、
新興ダライラマ勢力と国境を接することとなる。



いずれもモンゴル軍の後援を受けていた新旧両勢力だったが、
その争いは長くは続かなかった。
決着は、他のモンゴル諸勢力を退けたグーシ・ハーンと
その軍事的後援を受けた第五代ダライラマの勝利に終わる。

1642年、グーシ・ハーンの軍勢は旧勢力の「覇者」の本拠地シガツェを陥した。
ここに中央チベットの制圧が完成した。
グーシ・ハーンは、その後「チベット王」を称し、
ダライラマ5世(ゲルク派)に土地を寄進。ダライラマ政権の発足を見る。

同年、センゲ王は、
ダライラマ=グーシ・ハーン連合との戦いから帰る途中、
ラダックに入ってすぐのハンレの地で逝去した。



レーの王宮が造られたのは、前述したように、1630~1642年の間であるようだ。
1642年にラサで政権を発足させたダライラマが、
王宮の造営に取り掛かったのはわずか3年後の1645年。
1694年にポタラ宮は完成している。

その後のこと、
センゲ王亡き後のラダックは、ダライラマ政権と戦争をし、負ける。
1684年、ダライラマ政権はラダックから旧グゲ王国領を召し上げている。


レー王宮とポタラ宮の二つの王宮の物語は、
そのままチベット世界での主導権争いの軌跡でもあるかのようだ。


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[王宮の背後に、砦跡ナムギェル・ポタン、お堂ツェモ・ラカンが建っている。]

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[お堂ツェモ・ラカン。]

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[お堂内の仏像。]

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[王宮から見た旧市街。]

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[旧市街の石組みの家々。]

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[チベット建築です。]




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レーへ。峠越え

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マナーリからレーへ。
深夜1:30発。翌19:00頃着。
人生でワースト3に入るつらい移動だった。


ちなみに栄えある移動ワースト1は、
中国の洛陽から広州への25時間電車。
切符売り場で「没座(席無し)」と言われたが、
いずれどこか席は空くだろうとタカをくくって購入し、乗車した。
甘かった。

大都市・広州を目指す電車は駅に着く度に乗客が増える。
列車は常時およそ乗客率300%のまま進む。始終満席。
車内にスペースが無い中、座席どころか通路や連結部にさえ立っている。
床のわずかなスペースに出稼ぎ農民と譲り合って、新聞紙を敷いて体育座りをした。
汚いリュックを背負っていた自分も出稼ぎの農民と思われていたようだ。
おかげで農民のおっさんや若者にやたらと親切に話しかけられた。

そんな混雑の最中でも、
中国鉄路のまじめな服務員は、売店ワゴンを押してやってくる。
「来!来!来!来!!(ライ、ライ、ライ、ライ!)!」と大声で。

(こんなに沢山人がいるのに通れるはず無いじゃん)
と、遠目で冷ややかに見てると、ワゴンの服務員は、
人ごみを通るために周りの皆に手伝わせてワゴンを担ぎ上げている。
イーアルサン、エイヨー!

感心しているうちに、おお来た来た。
今度はこっちが手伝って担ぐ番だ。
イーアルサン、エイヨー!!
まったくもってせわしない。
とにかく疲れた25時間の乗車だった。7年ほど前のこと。


以来、そんな辛い移動はしたくないと思い、
移動手段にはそれなりに気を遣ってきた。

レー行きのバス。
ローカルバスよりも早くて快適そうなミニバス(ミニバン)を選んだ。
決め手は、座席がリクライニング出来るということだった。
チケット購入時、「席はどれくらい倒れるの?」と聞くと、
旅行社のおっさんは「これくらいだよ」と言って、
腕を直角90度と水平180度の中間点135度くらいに傾げた。
「おお、そんなに?!本当に?」「当たり前さ」。

そんな会話を思い出しながら、車中。
確かに倒れる。135度くらいには。ところがどうだ、この乗り心地。
揺れるたびにずり落ちるんだ、この身体が。とにかく悪路だ。
砂の道、石の道、ガタガタガタガタひたすら揺れる。
そのたび135度の角度で座っている自分の身体は、
ふるいに掛けられるように、重力の赴くままにずり落ちていく。
しかも寒い。靴くらい履いてくるんだった。サンダルしか履いてない。

車はひたすら進む。目指すラダックへは5000m級の山を3つ程越えていく。

眠る。身体がずり落ちる。足が寒い。眼が覚める。
眠る。身体がずり落ちる。足が寒い。眼が覚める。
眠る。身体がずり落ちる。足が寒い。眼が覚める。

を何度か繰り返したものの、いつしか、
しばらく何も覚えていないくらいにぐっすり眠った。



翌朝、ヒンディポップの大音量で眼が覚めた。
車は相変わらず揺れている。外は雪山。
ドライバーは始終一人っきり。こりゃ大変だ。
ボリウッドポップをガンガンやらなきゃやってられないはずだ。
最後列から、ひそかにドライバーに声援を送った。早く着け。

到着まであとわずか。最後の6000m級の山を越えるとき、頭が締め付けられた。
マナーリからレーまで5000m以上の峠を3つ越えるという。
最後が一番高いようだ。疲れもあるのか、やられた。
ついに来た、高山病。
今回は酒も飲まず、いや飲む暇もなく、やってきたんだが…

とはいえ、それが最後の関門だったらしく、峠を越えると頭痛もすっかり直った。

レー到着。同乗の人がレーで宿を経営している人だった。
あいにく彼の宿は満室だったが、お隣の宿を紹介してもらい泊まった。


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景色がとても良い

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TATAジープ

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途中、テントで昼食


目覚めの音楽



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レーへ。

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ジュンさんに手紙を出すためにレーに行きたかったのか?
今までそんなことは考えなかったが、そうだという気がしてきた!

ジュンさんの絵葉書で見たレーの写真は今でも覚えている。
あ~こんな所に行きたいな、と、ずっと思っていた。
インドで今回一番来たかったのはレーだったんじゃないか?
来たいとは思っていた。でも、手紙を書く事までは想像していなかった。
誰かに手紙を書くために、どこかへ行くってのも素敵なことかも知れない。

ジュンさんとは、5年前にハノイの宿で出会った。
5歳年上のジュンさんは当時31歳。
ジュンさんと初めて話したのは、
夜、寝つけず、ドミトリー外の踊り場でひっそりと、
漱石を読んでいたときだった。
何を読んでいるの?と声を掛けられたのをきっかけに、
彼も日本の小説を読んでいるんだと知った。

韓国での学生運動世代なので、主知的な考えを持っている。
色んな分野の本を読んでいて、バックパックにも30冊ほど積んでいた。
ある日、MP3に入っている「インターナショナル」等の運動歌を聴かせてくれた。
彼にとって学生運動時代は青春だったのだ。
嬉しそうに、懐かしそうに、曲を聞かせてくれた。
彼は今、行き場を失ってしまっているのかも知れない。とも、そのとき思った。

僕らは宿の近くで安くて薄~いビヤホイ(自家発酵ビール)を何杯も飲んでから、
スーパーでベトナム国産コメ製のウォッカ750mlを一瓶買い、
宿で二人してガブガブ一瓶飲みつくす、という生活を毎日送った。
彼は、僕に会うまで、日本人は酒に弱いと思っていた、と言った。

同じドミに泊まっていた2週間ほどの内に、色々な話をした。
小説の話、歴史の話、日韓両国の話、野球の話、落合博満の話、
剣道の話、学生運動の話、軍隊生活の話、等々。

ある朝突然、女の子が部屋にいたらどうだろう?って話をした。
村上春樹だったらこう表現するよね。村上龍だったらこう。
太宰だったらこうだよね。なんて他愛も無い話で盛り上がった。
ハノイの宿の屋上で、ベトナム産ウォッカを飲みながら。
毎夜、話題が尽きることが無かった。

ハノイで、南へ行く彼の出立を見送った。
ほどなくして僕もハノイを後にし北上、ひと月ほどして日本に帰った。

その後も旅を続けたジュンさんは、僕に何通も絵葉書を送ってくれた。
タイから、カルカッタから、レーから、カラコルムハイウェイから、
絵葉書の裏には、几帳面に、小さくぎっしりと書きこまれた文字で埋まっていた。
僕は帰国後、慣れない仕事や日々の忙しさを言い訳に、次第に返事のメールを怠った。

数年して、まだ旅の途上だったジュンさんは東京に尋ねてきてくれた。
日本滞在中、数回会った。
最後の夜、金曜。
仕事帰りに新宿で飲んだとき、しこたま酔って記憶をなくしてしまった。
自分だけが酒に弱くなったことを思って、悲しくなった。

08年の3月に初めて韓国を訪れた。
31歳になった自分が、当時31歳だったジュンさんに尋ねたかったからだ。
正直なところ、他のことはほとんど覚えていない。
ただ、当時31歳だったジュンさんに何かを尋ねたかったんだ。

ジュンさんはその後、結婚し、
東京でいえば青山のようなおしゃれな場所にカフェバーを経営するようになっていた。
電話すると、忙しそうだったので、比較的ヒマな土曜の夜に店を訪ねることにした。

久々に会ったジュンさんは変わっていなかった。
二人して店の酒を何本も空け、家にお邪魔したあとも、
土産に持って行った日本酒を二人で空け、宅にあった蒙古酒も空けた。
奥さんが、つまみにトッポギを作ってくれた。
三人でオンドルで温い床の上に座りながらつっつきながら飲んだ。
何を話したのか、はっきりとは覚えていない。
でも、その時に旅に出ようと決めたのだけは覚えている。

今回の旅で一ヶ国目を韓国にしたのも、
ジュンさんに挨拶してから行きたかったからだ。

やっとここまで来た。
いままでのありがとうや、ごめんなさいの全てをひっくるめて、
レーから、絵葉書を送るんだ。



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安宿情報 ~中国&チベット編~

【宿の採点基準】

★★★★★ 世界レベルで良い宿。“ここに泊まるため、この街に行きたい”と思った時。
★★★★☆ エリアレベルで良い宿。“この街に来たら、ここに泊まりたい”と思った時。
★★★☆☆ 可も無く不可も無し。本当に。誉め言葉も貶し言葉も見つからない時。
★★☆☆☆ 可も無く不可も無し。でも、“もうちょい探せたかも”と自分を責めた時。
★☆☆☆☆ “屋根があるだけ有り難い”と、自分に言い聞かせた時。






【中国】
★★☆☆☆
丹東 『○○旅館』(名前は忘れた) S 30元 (風呂トイレ共同)

※鉄道駅前から伸びている通りをしばらく下ると、宿が集まっているエリアがある。
 飯店、賓館から旅館、招待所までランクも様々な宿が集まっているので、
 予算や好みに応じて適当な宿が見つかるはず。
 泊まったのは、中国地方都市でのシングルの相場30元の部屋。可も無く不可も無し。
 さすがは冬の北国、狭いながらも暖房設備が充実していた。

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★★★☆☆
瀋陽 『天順招待所 S 40元 (風呂トイレ付)

※瀋陽北駅から徒歩15分程度。周辺に飲食店も多く、
 なにより同系列の24時間営業コンビニが一階にあり便利。宿泊当時新築だった。
 スタッフのおばちゃんが笑顔で親切だったのが印象的。

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★★☆☆☆
天津 『大中旅館』 W 120元 (風呂トイレ共同)

※鉄道駅周辺にいくつかある安宿の一つ。
 きれいに整備されつつある天津の街にあって、
 外観がキレイなこの大中旅館を選んだ。
 しかしこの宿、内に至れば頑固に超中華風を保っている。
 便所は完全仕切り壁なしのニーハオ式。周辺の同類安宿も推して量るべし。





★★★★★
北京 『青年之家旅館』 D 38元 (風呂トイレ共同)

※大都市北京にあって嬉しい価格。地下鉄「建国門」駅5分。
 地下3階がユースになっていて、実は防空壕としての機能も備えている。
 ここのシャワーの湯量は最高。文字通り滝のようである。洗濯器6元。ビール2.5元。
 スタッフはみな最初ツンとしているが、慣れると実はとっても感じの良いお姉さんたち。

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防空壕。

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階段を地下3階まで降ります。

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スタッフの皆さん。





★★★☆☆
北京 『城市青年酒店』 4人D50元 (ユース会員価格・風呂トイレ共同)

※北京駅前でアクセスは抜群。
 最近儲かっているせいか、ドミ部屋が縮小されるなど、
 多少ビジネスライクな方向に進みつつある。
 とはいえ、部屋は清潔、館内のカフェバーでWIFI使用可、
 コインランドリー10元、と全般的に申し分ないのだが・・・
 個人的には、上記『青年之家旅館』に情緒を感じてしまう。





★★★☆☆
泰山 『海天賓館』 S 55元 (風呂トイレ付)

※鉄道駅前。駅舎から出てすぐに客引きのおばちゃんに連れて行ってもらった。
 同様の質・価格帯の宿は駅前に集まっている模様。

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駅前広場の左斜め前方にある。

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窓のある部屋が好きなのでこの部屋にした。
が、正月の泰山はすきま風が寒かった。






★★★★☆
平遥 『鄭家客桟』 D 40元 (ユース会員価格・風呂トイレ共同)

※真性ユース。古い家屋をそのまま宿にリフォームしているので雰囲気良し。
 冬は練炭ストーブで部屋を暖めてくれてる。シャワーのお湯も申し分ない。
 共有スペースにはビリヤード台やネット有。

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左手建物が当ユース。平遥古城の街並みに溶け込んでいます。

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建物内部の様子。

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ビリヤードで遊べます。





★★★★★
太原 『龍祥旅店』 S 30元 (風呂トイレ共同)

※鉄道駅前の通りを西へ5分以内。
 3階建てのビルの上に更にビルが乗っかっているのが、それ。
 この建て増しは圧巻。
 真冬に行ったが、暖房設備は廊下や風呂トイレにもばっちり装備。
 シャワーの湯量も申し分ない。

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入口付近。見上げると3階建ての建物の上に、
不自然に連結された建物があることが微かに分かります。

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部屋からの眺め。
ここから見ると歴然だが、建て増し部分は堂々とした6階建てだった。

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ちなみに部屋はこんな感じ。
ポット付きは、中国の宿の良いところ。





★★★★★
西安 『七賢国際青年旅舎 
D 25元 (ユース会員価格・風呂トイレ共同)

※非常に好きな宿。東西南北から来た旅人が集まり、情報交換には最適の場。
 また服務員が皆かわいい。
 伝統的な四合院建築をそのまま使った宿として有名で、
 世界の名物ユースホステル・ベスト10にも選ばれているそうな。
 最近はWifiの接続が非常に早くなった。

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入口。

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内部の様子。

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ドミ内。

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服務員のみなさん。





★★☆☆☆
蘭州 駅前の宿(名前は忘れた) S 50元 (風呂トイレ付)

※だいたいこの位が相場か?
 最初、客引きの案内で駅前の宿を5件ほど回ったが全部断られた。
 蘭州の鉄道駅周辺は外国人宿泊不可が多いようだが、
 一人で行ってみれば、泊めてくれるようだ。
(“中国人用の宿に中国人の客引きに連れられて訪ねる外国人
  → 宿としてはやはり建前上断らなきゃいけない”ってことだろう。)





【チベット】
★☆☆☆☆
ラサ 『ヤクホテル』 D 20元 (風呂トイレ共同)

※ちょっと良いめのホテルが余った部屋でドミもやってる、
 という以上の何ものでも無く、またそれ以上の何ものをも期待してはいけない。
 けっして居心地の良い宿ではない。
 滞在時冬だったが(1~2月)、部屋に暖房設備が無く非常に寒かった。
 シャワーは十分お湯が出るが、吹き曝し。

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ドミ内の様子。





★★★☆☆
ラサ 『拉薩東措国際青年旅舎』 
D 15元 (ユース会員価格・風呂トイレ共同)

※WIFIはドミ部屋の中でも使用可。
 こちらは中庭に面した部屋が日当たりが良くて、冬でも暖かい。
 ただし滞在時シャワーのお湯に難有り。
 宿泊している旅行者は多く情報交換に最適。
 また、従業員がみなチベタンなのも好ましい。

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ユース内の様子。

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ベッドは清潔。

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スタッフはチベタン。

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猫もいます。




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安宿情報 ~日本&韓国編~

旅中にお世話になった宿情報。
基本安宿です。街ごとの相場など宿泊の目安にどうぞ。

星を付けてみました。
思いっきり主観判定ですが、5段階評価です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★★★★★ 世界レベルで良い宿。“ここに泊まるため、この街に行きたい”と思った時。
★★★★☆ エリアレベルで良い宿。“この街に来たら、ここに泊まりたい”と思った時。
★★★☆☆ 可も無く不可も無し。本当に。誉め言葉も貶し言葉も見つからない時。
★★☆☆☆ 可も無く不可も無し。でも、“もうちょい探せたかも”と自分を責めた時。
★☆☆☆☆ “屋根があるだけ有り難い”と、自分に言い聞かせた時。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【日本】
★★★★☆
京都 『京都とまとゲストハウス』 D 2000円 (風呂トイレ共同)

※JR京都駅からも近い。
 観光都市だけあって京都には旅行者の集まるゲストハウスが多いが、
 ここは濃いめの人が集まっている印象が強く、おすすめ。





【韓国】
★★★★★
釜山 『ミョンスグヂャ・モーテル』 S 30000ウォン (風呂トイレ付)
釜山市中区南浦洞(プサンシ チョング ナムポドン)5-66-1

※ジャガルチ市場周辺には安いモーテルが集まっている。
 自分が泊まった宿の名前は忘れてしまったが、オンドル付きの床の上に布団を敷き、
 TVは大画面液晶、しかも開店初日だったので、超キレイな宿でもこの値段だった。
 コストパフォーマンスよろし。





★★★☆☆
慶州 『韓進荘旅館』 D 20000ウォン (風呂トイレ共同))

※オンドル床の上に布団を敷く。部屋内には最大4名ほど寝れるよう。日本語可。





★★★★☆
ソウル『新大元旅館』 D 19000ウォン (風呂トイレ共同)

※ソウル中心部の景福宮近くとアクセスが良い。日本語可。
 こちらもオンドル床上に布団を敷く。インターネット、キッチン等、設備が充実。
 また朝食サービスも有り、全体的にとても感じの良い宿。
 日本人リピーターが多いのもうなずける。

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大元旅館入り口。

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部屋の様子。




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ビザ取得情報 [東アジア・南アジア]

次の各国のビザ取得&延長情報です。
いつどこで取得したか、ケースごとに記しました。


・中国
・ネパール
・インド
・バングラデシュ
・パキスタン


※国によっては、相当な頻度で条件が変わります。
 各々の条件は、あくまで流動的なものという前提でご覧下さい。






【国】 中国
【取得場所・時期】 2008年11月、日本で業者を通じて 
【種類・有効期間】 30日、1次観光
【費用・所要日数】 5000円、 1週間
【備考】
 現在中国大使館は個人によるビザ申請を受け付けていないため、
 業者に申請を代行してもらうのが良いでしょう。




【国】 中国 (延長)
【取得場所・時期】 西安、2009年1月
【種類・有効期間】 30日(※申請日より起算)、0次観光
【費用・所要日数】 160元、3日
【備考】
 必要書類:宿泊証明書(宿にて)、写真1枚、パスポートコピー、ビザコピー、
 資金証明コピー(キャッシュカード等)




【国】 中国 (ビザ無し入国からの0次ビザ取得)
【取得場所・時期】 西安、09年10月
【種類・有効期間】 30日(※申請日より起算)、0次観光
【費用・所要日数】 160元、5日
【備考】
 必要書類:宿泊証明書(宿にて)、写真1枚、パスポートコピー、ビザコピー、
 資金証明コピー(キャッシュカード等)

 


【国】 中国 (ビザ無し→0次ビザ取得→延長)
【取得場所・時期】 トルファン、2009年11月
【種類・有効期間】 30日(※申請日より起算)、0次観光
【費用・所要日数】 160元、1日
【備考】 要写真1枚。 
 ビザ無し入国して西安でビザ取得(09年10月)後、トルファンで延長。
 しかし、ここで取得したビザ上には、0次ビザと書かれているがこれは一体?




【国】 ネパール (国境アライバル)
【取得場所・時期】 中=ネ国境(コダリ)、2009年2月
【種類・有効期間】 30日/15日
【費用・所要日数】 40US$/25US$、即日10分程
【備考】 ドル又はネパーリ・ルピーでの支払い。




【国】 ネパール(延長)
【取得場所・時期】  在カトマンズのビザ・オフィス、2009年3月
【種類・有効期間】 30日/15日
【費用・所要日数】 60US$/30US$、即日(午前中申請、午後受け取り。1~2時間程。)
【備考】 要写真1枚。ドル又はネパーリ・ルピーでの支払い。




【国】 バングラデシュ
【取得場所・時期】 東京、2008年11月
【種類・有効期間】 30日(6ヶ月有効)
【費用・所要日数】 無料、翌日
【備考】申請用紙(ネットでDL可)、写真。




【国】 インド
【取得場所・時期】 東京、2008年11月
【種類・有効期間】 30日(6ヶ月有効)
【費用・所要日数】 1935円、即日
【備考】 要写真1枚。(在東京インドビザ申請センターのHP




【国】 インド
【取得場所・時期】 バングラデシュ・ダッカ、2009年5月
【種類・有効期間】 3ヶ月 ※発行日から起算
【費用・所要日数】 830tk、1週間
【備考】 写真2枚、パスポート及びバングラビザのコピー。
 ※ちなみにここのインド人領事は偉そうにしている。
  アジア、欧米、中東各国のビザ申請者に対して、
  人種差別無く一律に、強大な権力をもってして、なるべく言下に撥ねつけていた。
  事実、書類にたった一ヶ所の誤記入があっただけで、
  “また明日来い”と追い払われていたか弱き旅行者も一人ならず。
  仲良くしておくのが得策かと思われる。




【国】 パキスタン
【取得場所・時期】 バングラデシュ・ダッカ、2009年5月
【種類・有効期間】 3ヶ月(3ヶ月有効)
【費用・所要日数】 無料、翌日
【備考】写真1枚、日本大使館レター、パスポート・バングラビザのコピー
 ※09年7月現在、ネパールで取得可との情報。要レター。
 ※09年12月現在、カラコルム国境でアライバルvisa取得可との情報。




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音のある風景 [インド・マナーリ]

これから「音」も伝えていきます。

ちがう場所に降り立ったとき、
私たちは五感をフル動員してそこの情緒を感じます。
見て、聞いて、触って、嗅いで、味わって、と。

風景や出会い。街の雰囲気。食べ物の匂いや味。
旅中に良いと思ったものをブログで伝えたい、とは思っているものの、
感じたことのどれほどが伝わっているのだろう?
どんなコミュニケーションでも、
伝えたいけど伝わっているだろうか、という不安は付き物ですが。
でも、だからこそ、身振り手振りを交えてでも、
精一杯伝えようとする姿勢が大切なのでしょう。

なので、ツールを一つ追加します。


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マナーリの町で見た蛇使い。
フロントマンの左手の動きにご注目あれ!
《下の画面の再生ボタンをクリックすると、動きます。》






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撮影: RICOH GRDⅡ

街角写真 [in マナーリ]

灼熱の北インド平原を逃れ、北上ラダックを目指した。
途中に一泊したのが、マナーリ。
ここは有名な温泉街でインド人の家族連れが多く集まる。

インドのデリー辺りでは、
『どっか行こうか?マナーリへ行こう』みたいなフレーズがあると聞いた。
これは『そうだ京都行こう』並みにそそられるフレーズなのだろう。

マナーリの街は、
まるでテーマパークかと思うほどに家族連れが和気藹々としていた。


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メインストリート。インド風おかあさん達



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渓流沿い。まるで日本の温泉地のような景色



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実演販売に集まる人々



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市場の風景




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肉を、




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鉄板で焼きます。



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公園に集まる家族連れ



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犬も安心して寝ころんでいます



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マンゴー



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映画館では面白そうな映画が上映中



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パペットパペット



manali / india
わけあり



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バス待ち。深夜マナーリ発


撮影全点: RICOH GRDⅡ


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インドの定食・ターリ

2010.03.02 ・食べ歩き
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「心頭滅却すれば火もまた涼し」
って、心も頭も滅却しちゃったら、何も考えられないじゃないか。
何も考えない境地が悟りだっていうのか?



2009年、北インド平原を横断中の6月のこと。
雨季の到来が遅れ記録的な暑さが続き、インド人もへばっていた。
インド人が新聞を手にしながら、
「今日は暑さで6人死んだってよ」と、叫んでいたのもこの頃。
カルカッタで40℃、バラナシで47℃、アグラではついに49℃を体験した。

インド料理がスパイスを多用するのは暑いからだろう。
何でもマサラ、マサラ、マサラ。果物にも茶にもマサラ。
「麻辣」で有名な四川料理は文字通り、
唐辛子の辛さと花椒のしびれを特徴とするが、
これは高温多湿の四川盆地にあって、病気予防の役割を果たしていると聞く。
辛いもの食って汗をかけば、悪い菌は吹っ飛ぶし、気合も入るのだ。

よし!辛いもの辛いもの。
と探したものの、インドで食べたカレーはそんなに辛くなかった。
日本カレーの定番「coco壱番屋」の2辛ほども無い。
期待した辛いカレーは見つからなかったものの、
おいしいカレーにはありつけた。
悟りの境地なんていいや。
おいしいものをおいしいと思って食べたい。



写真はインドの標準定食「ターリ」です。
ネパール定食は「ダル・バーツ(豆スープ・ごはん)」と呼んでいましたが、コンセプトは同じかと。
インドでは各地で毎日のようにターリを食べたけど、
アグラの街で何気なく入った「Taj Cafe」のベジタブル・ターリはおいしかった。
お値段80Rs(≒160円)と、市中最低価格よりも高めではあったが、
とてもうまかったので、その後毎日通いました。


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★Taji Cafe
3/101/A, CHOWK KAGZI, TAJGANJ, AGRA
(門前町タージガンジにあり。屋上からタージマハルも見える。)



撮影: PENTAX K20D + PENTAX-FA 31mm F1.8AL Limited

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