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ネパールのまとめ (下)

2009.06.19 ▲ネパール
IMGP9379

【人】
ネパールには、37の民族がいると言われる。
それをさらに地理的・文化的な差異で細分化すると、100以上のグループに分かれる。
言語も同様、100以上に分類できると言う。
これが“平面に広がる差異”。

それに加えてカーストがある。
これは“上下に広がる差異”。

カーストは上から順に、
①バウン(ブラマン)~もともとの司祭階級。ヒンズー教のお坊さん
②チェットリー~武士・貴族階級
③タマン、グルン、マガルはじめ、様々な民族横並び
④仕立て屋(!!)、鍛冶屋など
であるという。

数百年前、南方からヒンズー教を持ち来た①②の人たちがカーストを定着させたとのこと。
なので、その他のほとんどの民族集団は③に分類され、
特別に“卑しい”とされる集団が④となっているようだ。

ちなみに「カーストの元祖」インドでは、
現在、人口の半分以上が①に当たるバラモン階級を名乗っているという。
法的にカーストは否定されているものの、上流カーストである方が“得”だからだろう。
非常に現実的な処世といえる。
それと比べた場合、むしろネパールの方がカーストは頑固に根強く残っているのかも知れない。
田舎なのだ。

「バハドールさん」というミドルネームの人が多い。
バハドール=勇者の意。
②チェットリ、③グルン、マガルなどに多いのだが、
古来、グルカ兵など、戦士として活躍した人が多いからだと言う。

コスモポリタンなカトマンズでは、それほど強くカースト意識は無いようだが、
田舎に行けば今でも、外国人は“カースト外”として差別の対象に成ることもあると言う。
ただし、よく見ていると、カトマンズでも意外とみんな無意識のうちに意識している。
「あの人はブラマンだから…」というような言い方をよく聞く。
「…」の後には、畏敬の念があったり、分かり合えないという気分がにじみ出てたり、様々。

顔立ちは大きく分けて、アーリア系とモンゴロイド系に分かれる。
滞在初期には、ネパールは東西南北、様々な人種の交じり合った国という印象があったが、
これもまた、結構みんな、お互いの違いを気にしている。
モンゴロイド系の人からは、
「オレ達は同じモンゴリアンだから、仲良く出来るぜ」ってなことをよく言われる。
実際、我々からしても、とても親しみやすい顔つきをしている。
上の写真は、とある地域からカトマンズに移り住んだ人たちのお祭りだが、
日本で町内会の盆踊りに参加しているみたいだった。
なお、モンゴロイド系は、ネパール人口の半分くらいを占めるという。

また、非常に多くの人たちから、
“親戚・兄弟・友達が、外国に行っている”という話を聞く。
留学だったり、仕事だったり、結婚だったり、と様々。
背景としては、収入UPのため。また、国が信用ならないから。というところか。
生きる為の個人の知恵であろう。たくましい。



【お金】
カトマンズの物価(1Rs=1.2円)
宿    ドミトリー100Rs~、シングル250Rs~
飲食   ダル・バーツ(定食)50Rs~
     麺 40Rs~
     モモ(餃子)50Rs~
     とんかつ定食 200Rs~
     ミネラル・ウォーター 10Rs~
     ミルク・ティ 5Rs~
     ロクシー(焼酎)一杯 10Rs~
     ビール(650ml)120Rs~
     ウィスキー(180ml)150Rs~
煙草(20本)フィルター無し 12Rs~ 
      フィルター有り 25Rs~
      マルボロ 85Rs

ゼロひとつ付け加えると、日本での物価と同程度になり、相場観がつかみやすい。
宿がシングルで2500円から。
麺が400円から、と考えるとしっくり来る。
ただし、ビールは1200円相当。ビールは異常に高いのだ。

とはいえ、そもそもカトマンズの物価は高い。
外人向けのカフェだと、紅茶やコーヒーが一杯100Rs以上のところがザラ。
カトマンズの20歳代若者の賃金がだいたい2000~5000Rs前後であることを考えると
格差が甚だしい。



【NGO】
政府間援助では、日本国の援助額が一番多いという。
NGO大小合わせて100以上の日本の団体が関わっているとの話。
自分の泊まっていたシエスタハウスは、
売上の5%が援助資金に寄付され、NGO関係者が多く泊まる宿だった。
そこで出会った印象的なお二人について。

お一人は「ヤギの会」の是政さん。
岡山の農家の方で、18年前からネパールへ毎年1月~3月の閑農期に来ているという。
「発展途上国いうもんは、一度片足突っ込んだら、もう最後まで面倒見んといけんと思ってしまうんじゃ」
と岡山弁で熱く語って頂いた。

氏は日本で長年にわたり、昔ながらの有機農業をやってきたという。
その目で見た、ネパールの農業の改善点を幾つか教えて頂いた。
まず、家畜や人間の糞尿を肥料として使わないこと。
「ここらの下水は全部川に流してしまう。お陰でバングラデシュの農地は肥えとるんじゃ」と。
また、食用肉を肉と骨とに分けないこと。
ネパールで肉を買う時、骨ごとぶつ切りにした物をキロ幾らで売り、骨は捨ててしまう。
本来なら、骨は良質の肥料になるのでもったいない。

今の目標は、農業と畜産を総合した循環型の農業モデルを一つの村で完成させ、
そのモデル村を基点に、他の村へも広げて行くこと。
長年、化学肥料に頼らない有機農法をやってきたからこそ、
この国でそれを教え、自立の道しるべになれるのだと熱く語って頂いた。


お一人は、清沢洋先生。
「NGOネパールカルナリ協力会」の事務局長。
元々高校の教員だった頃、空き缶を集めて換金し、
ネパールに学校を建てたことから、ボランティア活動に携わり始めた。
今ではもう、ネパールとの関わりは18年になるという。
ネパールでは地方に行けば行くほど政府の手が届かない。
“カルナリ”地区とは、ネパールの西端である。
車道で行ける所から、数日歩く村まで訪れ、学校建設の援助をしている。
先生いわく「教育援助というのは、学校建てて終わりじゃ済まない」。
国力の基は教育である。が、子供達に教育を受けさせるためには、
家から労働力を割いてまで学校へ行かせるために親の理解を得ること、
勉強に専念するには、医療・衛生を向上させること、などが必要となる。
よって食糧問題や医療問題も関わってくる等。
非常に熱心に語って頂いた。
活動を記した著書もお持ち。

僕がホームステイで訪れた前述のブジュン村は、
学校や水力発電所など、日本を含む外国からの援助が入った恵まれた村だったが、
子供達から「お金ちょうだい!」って、よくねだられ困惑した。
子供は正直だから思ったことを口にするのか、と思うが、
“お金はもらえるもの”という意識が根強くあるとしたら、怖いことだ。
新聞を見ていても首相が外遊し、どこどこの国から幾らの借款を取り付けた、
なんてニュースが多いし。
長年にわたる諸外国からの援助の結果、「援助体質」が着いているのか?

援助といっても、ただ何かを建てたり、何か与えたりで済むものではない。
どうやったら将来的に援助なしで自立してやっていけるか?に主眼を置いたものが良いはず。
まず満足に食えるように農業の自立を促すこと。
また、自分達で考え、行動できるように教育を促すこと。

そうしたことを実地に赴き、地域住民とともに問題に取組んでいる彼らの言葉は、
熱く、迫力があった。





【まとめのまとめ】
経済格差が甚だしく、政情が不安定。
国内の意思を統一しようにも、なんとなく民族ごとに差異を感じているネパール。
国家、政府自体が王制の頃から信用されていない。
ある人は、個人の裁量・力量で豊かになる術を見出そうとする。
ある人は、援助の手を求めている。

それはそれで面白いと思った。

ネパールでは、とても“良い顔”をした人をよく見かける。
頑張ってるんだか、遊んでるんだか、良く分からない時もあるが、
良い表情、良い目付きをした人がたくさんいる。
自分で自分の人生を生きている、という人が多いのだろう。
そんな人がいる限り、大丈夫なんじゃないでしょうか。











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