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瀋陽故宮 08/12/14

2009.01.04 ▲中国
R0010816

きん肉マンに登場する「らーめんマン」でおなじみの「辮髪」。
前頭を剃って後頭の髪を伸ばして三つ編にしたあれですね。

日本人ならちょんまげ、中国人なら辮髪ってくらい根強い先入観がある。

近代に入る直前の風習が、
「伝統的な」風俗として捉えられがちなのは、結構万国共通なのだろう。
日本で時代劇というと、だいたい江戸時代が舞台で、
暴れん坊将軍、銭形平次、水戸黄門、皆ちょんまげだ。

ここ中国でも事情は同じようで、
時代劇には、辮髪を結った人たちが出てくる清代が舞台のものが多い。

でも、日本人は開闢以来ずっとちょんまげだった訳ではなく、
中国人だって、ずっと辮髪を結っていた訳ではない。

辮髪は、清朝を築いた満洲族を含む北方遊牧民の風俗である。
清末、「排満興漢」の気運の中、
太平天国の一党は、辮髪をやめて「長髪族」と呼ばれたし、
民国樹立後、漢族がいち早く取組んだのは、断髪令だった。

といって、満洲族のような異民族支配が
中華世界の歴史の中で異例だったか?というと、そうでもなく、
中華思想が生まれた宋代は、途中から現在の中国の南半分くらいしか領していないし、
最大版図を築いた唐も鮮卑だし、元もモンゴルだ。
五胡十六国やら五代十国やら大いに国が乱立した時もしかり。
初の統一王朝・秦ですら、中原世界では辺境に位置したし、
始皇帝は青い目をしていたなんて記録もあるらしい。
言うなれば、中原エリアを核とし、それを奪い合う周辺諸民族の興廃史が中国史だった訳だ。

瀋陽(旧・奉天)は、清朝が北京入京前に首都としていたところ。
ここには北京故宮を1/5位にしたような瀋陽故宮がある。
清朝の太祖ヌルハチ、その嫡男ホンタイジが住んだという。
とても立派な建物である。

これだけのものを建てる民は、満洲族に限らず、他にもたくさんいたのだろう。
でも、記録に残るか残らないかで、存在に軽重が出る。
漢字、漢文は記録に長け、だからこそ漢民族は悠久の歴史を保つ。
記録の術を持たない民族は、逆に、歴史の中で存在感が薄い。
こんなに立派な物を建てているのに。


[瀋陽故宮]
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