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アグラ登城日記(上)

IMGP0929


世界史上に空前の大帝国を築いたチンギス・ハン。
モンゴル高原を統一し、遊牧世界の王たる「ハン」を号したのが1206年。

「チンギス家の娘婿」を名乗ったチムールが、
中央アジアに大版図を拡げている最中に没したのが1405年。

チムール直系の子孫として生まれ、
中央アジア・フェルガナ地方を領していたバーブルが、
周囲との抗争に破れて南へ逃れた結果、インドに侵入し、
ムガル帝国を打ち立てたのが、1526年。

チンギスハンが、遊牧世界の王たる「ハン」を名乗ってから、
その“子孫”が、インドに王朝を打ち立てるまで、実に300年以上。
バーブルに始まる王朝はムガル帝国と呼ばれた。ムガル=モンゴルである。
モンゴル帝国の末裔たちの国は、
1857年に英女王ビクトリアが、インド女帝を兼ねるに至るまで、続く。


さて、ムガル帝国。
初代バーブルが王朝を始めたものの、
二代目が他国の侵攻を受け北インドを追われることもあった。
しかし、三代目のアクバルが優秀であった。
流浪の末に北インド平原に辿り着いたユーラシアの名門家が、
アクバルの時代にやっと腰を落ち着けて、
さあ新国家経営に取り掛かろうという段になった。

アクバル大帝は、アグラ城の建設に取りかかり、ここを首都と定めた。
時に1564年。アクバル23歳のころである。
青年君主が、内外の情勢を平らげ、国の基礎を固めつつある時、
乗りに乗って造ったのがアグラの城なのだ。
そして、ムガル帝国の最盛期のほとんどは、首都アグラとともにあった。

(→次回へつづく)


IMGP0961
城内は広々。


IMGP0936
城内建築(赤)

IMGP1017
ズームイン。

IMGP1021
城内建築(白)

IMGP0962
ズームイン。


[撮影: PENTAX K20D + TAMRON 18-200mm F/3.5-6.3]


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