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擁和宮 ~清朝首都のチベット寺院~

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北京のチベット仏教寺院。
大清帝国の首都に皇室が建てただけあってデカイ。
チベット世界を訪れた後にここに来ると感慨もひとしお大きい。

参拝客もみんな熱心に拝んでいる。道教式な礼拝作法か。
香を両手で高く掲げ、膝を着いて三拝する。
しかし、仏像、仏具、高僧の座るであろう椅子などは、まさしくチベット式。
史料館に収められているものもチベットからもたらされた物、献上させたものなど。
なかに、金の壷があり、乾隆帝だかが指揮をとって作らせ、
一つはラサのジョカン寺、一つは擁和宮にあると記されたものも。
最奥の弥勒菩薩像は圧巻だった。
白檀の一ツ木で作られたもので、
高さ18m、地中に埋まっている部分も8mに及ぶという。ギネス認定。
ラダックの大仏は2階から顔を拝んだ。
こちら擁和宮の大仏殿も2,3階があるようだが、
参拝客は1階から見上げるのみ。とにかく大きい。

ところで、ポタラ宮でも見たが、
至るところ漢語、チベット語、モンゴル語、満洲語が併記してある。
満州族長の清朝皇帝は、
中華世界の皇帝であり、遊牧世界を統べるハーンでもあった。
ハーンであることは、チベットの後見者を引継ぐことをも意味した。
四言語の併記は、そうした統合の意思を表わしている。

大清「帝国」は、モンゴル、チベット、新疆を藩部として統治下に置き、
中華帝国史上でも空前の大版図を維持した大帝国である。
(かの大唐帝国ですら、チベットは配下には置いていないことを思うべし。)
統合の接着剤としてチベット仏教は重要だった。
乾隆帝ら歴代皇帝が曼荼羅に描かれている意義もそこにある。
(個人的な趣味だったかも知れないが・・・)

さて翻ってみて、中華人民共和国はどうか?
帝国とは多民族を緩やかに統合し共存を図りうるものである。
しかし現代中国は、漢族多数の「国民国家」だ。
民族協和をどんなに標榜しようとも、多数派の意見が結局は強い。
民主主義が多数決の原理に基づくものなら当然の帰結か。

近代国家が民族独立を掲げ、民族独自の国家を作ったのはなぜか?
なにごとも自民族で決裁できる国民国家を欲したからだ。
しかし、マイノリティの存在しない国民国家は有り得ない。

とにかく現代中国の民族問題は、
清「帝国」の版図をほぼそのまま、「国民国家」中国が引き継いだこと、
国民国家が、マジョリティを利するものでしか有り得ないということ、
にあるだろうか。

なんて感慨に耽っていたら、いるいる。
とにかく、ここでは拝む人を沢山見た。
道教寺院的な拝み方。三拝三礼。
中国人はこんなに信心深かったっけ?
何かが確実に変わりつつあるような気がする。

しかし、拝むのは何故?
[答・その1]
 成長著しい経済社会の中、ストレスが増えている?
 世知辛い世の中だから、心の平安が欲しい?
 【心に未だに無いものだから、外にそれを求める】
[答・その2]
 物心ともに豊かになりつつあるから、拝む余裕が出来た?
 心に平安が訪れてきたから、それを具象化/体現する行為として拝む?
 【心に既に有るものを、外へ向かって体で表現してみる】

「共産党」も既に形骸化しつつあるのだから、
次の憲法改正は、宗教の自由を認めることで、
チベットと折り合いをつける道を探っても良いんじゃないのか?
そうじゃないにしても、
とにかく、このまま拝み人口が増えれば、
ダライラマを担いで反政府運動する人民をみることも出来るのでは?
と期待させてくれるほどでしたよ。



IMGP3705.jpg
タルチョ。


IMGP3764_1.jpg
ラマ。


IMGP3735.jpg
マニ。


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