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万里の長城が“最初に”尽きるところ [嘉峪関]

2010.10.14 ・城マニア
IMGP4622


東の山海関から始まる万里の長城は、
西の果て嘉峪関で尽きる。
とは、よく聞く話ながら、これは明代の長城の話。

明朝は、元朝モンゴルという異民族を追いやって建国されたが、
レンガ造りでガチガチに固められた長城からは、
モンゴルもう来るな、という強い意志の表れが見てとれる。
実際、明朝はずっとモンゴルの侵入に悩まされ続け、
レンガに増強した効果のほどは、いまいち不明なのだが。

いずれにしても、
形をよく保った明代長城の一大サンプルがここにある。
嘉峪関を中心に、北には懸壁長城、南に長城第一墩がある。


酒泉の宿でフロントの大お姉さんに聞くと、
嘉峪関まではバスで行くと良いとのこと。
バスで西関車站へ8毛。嘉峪関へ1元。安い!と喜んでいたら、
嘉峪関市内どまり。見所としての嘉峪関は郊外なのだが。
ひと通りバスを探してみるも、見つからず。
道に停まっていたおばちゃんドライバーのタクシーをチャーターし、
嘉峪関関城、懸壁長城、第一墩の三ヵ所を周った。





IMGP4621
[懸壁長城]

まず懸壁長城へ。
嘉峪関から北へ続く長城は、
険しい山にぶつかり、そのまま山を登っていく。
その様子を「壁に懸かる」長城と呼んだ。

なんて話を聞くと、非常に勇ましい感じだが。
土と藁とで出来た長城は、見事にキレイに直されている。
忠実には再建しているのだろうが、キレイ過ぎる嫌いも無いでは無い。

ここ、登りが結構急で息が切れる。
ラダック高原に行った後の山登りでは息も切れなかったが、
3ヶ月も経つとダメか…
頂上まで登り、降りてくるまで人っ子一人いない。長城を独り占め。
戻る途中、カップルが一組来ただけ。

なお、ここは明代1539年の創建とある。
ちょうど「北虜南倭」に苦しんでいた頃のこと。
こんな峻険の場所にまで長城を築いたことに、
当時の為政者の焦慮を感じる。



IMGP4683
[第一墩]

次に第一墩へ。
嘉峪関から南方へ伸びてきた長城は、
ここで56mもの断崖絶壁の深い谷へと落ち、終わる。
「第一墩」とは、西方で最初の見張り台がある場所という意味らしい。

ここには、漢代の前線基地の様子が再現された映画のセットがあった。
そして川を渡る吊橋も。
高さ50mだぜ、50m。おっかない。
高所恐怖症だし、誰も見ていなかったので、
吊橋の途中で写真を撮って引き返した。
また、川へ張り出したガラスから下の川を覗ける地下室もあった。
なるほどアトラクションとしては、よく出来た場所だ、
と無理やりにでも長所を探してみた。
それでも、朽ち掛けた長城の先に嘉峪関がかすかに見えた時、
心がすこし震えた。

なお、ここの門票の説明書きはなかなか調子が良く、
“西面、浩瀚無際の大沙漠にして
 北面、雄偉壮観たる嘉峪関と相連なる。
 南面、逶迤起伏たる祁連雪山なり。
 墩台は討頼河の北岸にて、高さ五十六メートルの峻険なる崖上に直立す。
 まさに「天下第一険墩」と言うべし。”
とあった。

多少、大袈裟な嫌いもあるが、
件のアトラクションといい、この説明書きといい、
そうやって盛り上げて行く必要があるのだろう。第一墩。

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[映画のセット。]

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[第一墩より嘉峪関を眺める。沙漠の中に続く長城の突き当たりに小さく嘉峪関が見える。]



長城巡りのトリはもちろん嘉峪関。
車窓から見ると、遠くからだんだん見えてくる姿がカッコイイ。
楼閣が四つ。だいぶ高台にそびえている。
ここはなかなか風情もあり良い。
西安の城壁も明代だが、様式は同じ。
しかし、西安のものよりも修築度合いは低い。
それがまた、良い。

西安で他の旅行者と話したことを思い出した。
現代中国の大都市はどこへ行っても同じ風景だ、ということ。
文明の持つ普遍性のようなものか。
おそらく中国の都市の街並みは、
古代から現代に至るまで、それぞれの時代においては、
中国内のどこへ行っても同じだったのではないだろうか?
これまで見た、同じく明代の西安平遥・嘉峪関もそうだ。

なお嘉峪関は明代1372年の創建。明の建国まもない時期に建ったようだ。
長城全体でも随一の規模、保存状態とのこと。


IMGP4760
[嘉峪関にて。]

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[嘉峪関。無茶な修築が施されていない辺り、好感が持てる。]

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[嘉峪関。四角い内部はかなりの広さ。]

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[嘉峪関。全体的に無骨な建物の中、紅一点。]

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[長城は続いている。]




最後におまけ。
まだ時間があったので「魏晋壁画墓」へ寄った。
ここは3~5世紀の魏・晋代の地下墓で、壁画が面白いらしい。
嘉峪関市内から20km弱の新城郷へ向かう。だいぶ遠い。

地下画廊とも呼ばれる魏晋墓。他に客は一人もいない。
おじちゃんに小さな博物館を開けてもらい
一通り見た後、車で少し離れた陵墓へ。
ここもおじちゃんに鍵を開けてもらう。
頑丈な鉄扉を開けると、中にまた南京錠が2つ付いた鉄格子。
階段を少し降った鉄格子にも南京錠が3つ。厳重だ。

地下墓は、3つの部屋が縦に並んでいる。
天井はそれぞれがドーム状になっている。
壁には可愛らしい絵が並ぶ。馬、羊、鳥、牛、豚などの動物。
豚や牛を生け贄にしている絵。畑を耕す絵。また肉屋の絵もあった。
村や町での人々の生活を描いているのだが、
いずれにしても動物を描いたものが目に付いた。

地下墓内の滞在時間は10分ほどだったが、
観光客の溢れた嘉峪関を見た後だっただけに、不思議な空間だった。


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魏晋壁画墓。外から見るとただの土盛。




[メモ]
・タクシーチャーター4時間で160元(1時間40元計算)
・門票>嘉峪関(博物館含む)100元、第一墩21元、懸壁長城25元、魏晋壁画墓31元

 それにしても中国は入場料がかさむ…


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(写真:PENTAX K20D + PENTAX-DA★ 16-50mm F2.8 にて)
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