スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

万里の長城がそろそろ本当に尽きるところ

IMGP4996
[玉門関]




万里長城が尽きる西の果て。
荒涼としているのは土地柄だが、
漠々というには少々賑やかに過ぎるか。

明代の長城は嘉峪関辺りで尽きるが、
漢代の長城はここまで伸びている。
漢の西域へ伸張しようとする意思が、
朽ち欠けながらも残っている。

ここらを訪れる観光客も多いのだろう。
各地ともきちんと整備されている。
ただし、大観光地で見るような、
旗と拡声器に率いられた喚声集団には、会わなかった。
この辺の名所では中国人も
何かを味わうようにしみじみ眺めてる。

時間の距離を確かめるしかないのだ。
こういう場所では。
いや、中国朋友達はツマラナサのあまり、
呆然としていただけかも知れないが。




■ 河倉城
 漢代、シルクロード北道上に建てられた重要な兵糧倉。
 文字通り河のほとりに建つが、疏勒河は既に涸れ沼になっている。
 とにかく巨大。すごいオーラの廃墟感。
 ラピュタの巨人兵のような存在感。

IMGP4890

IMGP4884



■ 玉門関 
 石造りの門に二千年の風紋がついている。
 2000年以上に渡って、この地の砂塵が関所の建物に刻んできた襞が、
 無数の影を作ってきれい。
 李白の『子夜呉歌』という詩が好きで、ここを訪れたかった。

 玉門関は、沙漠の中、
 すでに涸れた疏勒河のちかくにポツンと立っている。
 2000年だ。
 大した見所ではない。が、訪れている人々は、
 河を眺めたり、沼に変わり果てた河へ降りたり。
 各々長い時間を過ごしていた。
 皆、心の中で時間を噛みしめていたのだろう。

 上流にダムを造ったため、今は沼になっている河へ降りてみた。
 一面のススキの群れの中、ところどころに水が溜まっている。
 寒さのため、所々が凍っている。
 砂のある辺りは日の照り返しがあって日中暑い。

IMGP4952
河のほとりで

IMGP4934
玉門関のアップ



■ 漢長城
 玉門の北、長城及び烽火台が残る。
 泥土と藁(で織った布状のもの)を幾重と重ねて壁を作っている。
 朽ちているとはいえ、はっきり壁と分かる姿で立っている。
 100m以上に渡って城壁とはっきり分かるそれは続き、
 一個の烽火台で終わる。
 その後ろは、盛り土が確認できるのみ。
 ここは漢代の長城の他の部分に比べて風が通らないのだろうか?

IMGP5020
漢代の長城




[メモ]
・タクシーチャーター260元(敦煌の隋さん)
・門票…3箇所共通券40元


「万里の長城が最初に尽きるところ」は→コチラ



▼ブログランキング参加中です。
 お気に召しましたらお一つクリック、よろしくどうぞ!
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://tabinomanimani.blog24.fc2.com/tb.php/187-9a4c6702 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。