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大集合!カザフ人 [トゥルキスタン]

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ヤサウィー廟の中でいきなり中国語で話しかけられた。
巡礼者の多く訪れる聖地だけに、無料ガイドがいるらしい。
ここに日本語のガイドはいないとのこと。ありがたく解説を聞かせてもらった。

廟を出て、ぷらぷらしていると、また中国語で話しかけられた。
「どこから来たのか?」と中国人同士が旅先でするように尋ねられた。
いや日本人だけど、君は?と聞くと、
ウルムチ出身のカザフ族で、この街の大学に留学しているのだという。
この街のアフメド・ヤサウィ大学はトルコ政府によって建てられ、
留学生が多く、中国籍カザフ族も約80人。
その他、トルコ、ロシア、アゼルバイジャン、トゥルクメニスタン等、
テュルク系諸国からの留学生が多いようだ。
彼ら学生3人組としばらく一緒に行動した。
そのうちの一人、この街に実家がある学生が家に誘ってくれたので、
家にお邪魔し、茶やお菓子をご馳走になった。
 
二人して街へ戻ると、三たび、中国風の若者に声を掛けられた。
その彼に誘われるまま、お店へ。
新疆烏魯木斉飯店(新疆ウルムチ食堂)にお邪魔した。
ここで、お茶やラグマン、ナンをご馳走になる。
ご両親ともお会いした。良い家族だと思った。

ご両親は5年前こちらへ移民してきたが、
それまではウルムチ近郊の遊牧民だったという。
土地も広くはなかったので羊は100頭程。
それを全部売り払って、こっちへ来た。
19歳の息子は高校卒業とともにこちらに呼び寄せたが、
21歳になる長女は今も、ウルムチの美容美髪の学校へ行っている。
親父さんの兄と弟もこちらへ来るつもりだが、あちらに仕事がまだある。
親父さん自身は牧民だったので、来れたのだと言った。

こちらへ移民した理由を尋ねると、「故郷の土地」だからだ、と言う。
1920-30年代、祖父の代に一族はこちら側から中国側へ移住したのだ。
だから、来たのではなく、帰って来たのだ、というニュアンスだった。
 
ここの麺は「手工作」だ、と親父さんは自慢げに語り、作る手順を教えてくれた。
生地をこねたり、寝かせたり、伸ばしたり、手でパンパンと打ってコシを出す。
うまいはずだ。料理の種類はカザフ、ウイグル、中華と色々ある。
商売はどう?と聞くと、今の商売は、悪くない。

マンガ「ナルト」が好きだという19歳の息子は、
韓国人はやっぱりきれいか?とか、日本人は賢いから好きだ、などと言う。
そのうちに客が増えてきた。その度に彼は立ち上がって、注文をとる。
「君も料理をするのか?」と聞くと、
料理は両親がやる。僕はただの服務員さと笑った。
高校を卒業してから、こっちへ移住し、3年になるとのこと。

会話中、彼は「搬国」という言葉を何度も発した。
搬国=異なる国に移り住むということ。
大変だった、と言ったり、君も移住したことがあるか?と聞かれたりしたが、
そんな受け答えの一つ一つよりも、その言葉が発せられた回数が心に残った。
色々な角度から考えてみて、自分の状況を噛みしめているようだった。
彼の中では、割り切れない気分がまだあるのだろうか。



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最初に会った学生たち。右が中国のカザフ人、中央と左はカザフのカザフ人。



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ナルト好き。中国の都会っ子らしい感じ。



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久々の新疆式ラグマン。(麺・大250テンゲ、茶1ポット70、ナン1枚30)



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カザフ族は20カ国以上に分散している。
中国のカザフ族をはじめとして、独立国家カザフスタンに戻ろうという動きが広くある。
中国には200万人以上。カザフ人は他言語を操るのが多いんだそうな。



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