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国民食プロフ。 国民とは誰か?





国民食プロフです。
ウズベク語でパロフ、タジク語でオシュとも。
右後ろに見えるのは、ウズベクで圧倒的人気を誇るサマルカンド・ナンです。


プロフ  です。

またかよ… は禁句ですよ。


いや、だから、タジク人とウズベク人を分けようとするのそもそも無理がありまして…

とはいえ、
このプロフは、サマルカンドの名宿「ボホディール」の夕飯なのですが、
ここの家族はタジク語を話していますね。
サマルカンドはタジク語話者の多い町です。
体感値で言えばタジ:ウズ半々というところでしょうか。
(ナイーブな問題をはらんでるため公式の統計は無いようです。)
タジク語と一口に言っても、例えば、
リシタン辺りの人がサマルカンドのタジク語を聞いても分からないと言う程、
方言差はあるようです。

かつてここらの都市住民は「サルト」と呼ばれてました。
共通の文化・風習・宗教を持つ都市住民を指すもので、
言語による区分ではなかったようです。
言語面では、基本的に都市住民は多くペルシア系のタジク語を話すのですが、
テュルク系のウズベク語も理解するバイリンガルも多かったのでしょう。

そのため、近代的な民族意識が芽生える以前、
19世紀頃までは、サルト、ウズベク、タジクという呼称は、
自称他称問わず、どうも渾然としていたようです。
(つまり、現ウズベク人も現タジク人もサルトだったし、
 現タジク人がウズベクと自称したり、現ウズベク人がタジクと自称したという例もあったらしい。)

ロシア革命後、ソ連邦では民族ごとに共和国の国境画定がされましたが、
その時、言語によって民族区分がされたことや
さらには「サルト」が全てウズベク人として登録されたことが、
後代まで遺恨を残す発端になったといえるでしょうか。

ちなみに、大きな声ではいえませんが、
ウズベキスタンの大統領として長期君臨するカリモフ氏もタジク人家庭の生まれらしい。(→参照


っていうか、シルクロード編で、
すでに何度この料理の紹介をしたことやら・・・


ピラフの元祖を辿る   
ホータンのポロ  
タジキスタンのプロフ 


ま、それだけ、うまいってことですね。



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