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束の間のパーティ  [タジキスタン・ホルーグ]





ホルーグに着くと、
サマルカンドで会った、韓国人のジン、シンガポール人モーゼの二人と合流した。

ホルーグでは、冬に来た時にも泊まったパミールロッヂへと、まず赴いた。
前日、満室だったようで、半屋外の東屋みたいなスペースに二人が寝ていたのだ。

彼ら2人も合流し我々4人で、ワハンを目指すこととなった。



イスラエルのニルは、この旅の直前までロンドンで2年ほど働いていた。
それに加え、モンゴルと中国へ長旅をした事があるという彼とは、話が合った。
サマルカンドでは毎晩ビールを数本リットル開け、
冗談ばかり言っているうちに仲良くなった。
サマルカンド滞在中に彼が誕生日を迎えたので、
ケーキを買って祝ったら、いたく感激してくれた。
話をしてて、さすがイスラエル人賢いな、と思わされることも多いが、根は純粋なのだ。
物売りに声を掛けられたときも「ヨック。ハイル。(いいえ。さよなら。)」と、
ただ二つ知っているウズベク語で返す。無骨な男なのだ。



韓国のジンは、中国で数年働いていた。
その後、旅に出た彼は、南米を巡ってから、アフリカを北上し、
シルクロードを通って韓国を目指していた。
英語は今回の旅の途中で話せるようになった、という彼は、
英語の会話ばかり続くと、たまにフラストレーションが溜まるようだった。
でも、南米アフリカと、全く異なる文化圏を歩いてきた彼は、
すぐに現地民と打ち解けられるようだった。いや、それは性格なのか?
感情と表情が直結しているような気持ちの良い性格なのだ。
彼は良い写真を撮る。
3つの大陸を歩いてきた彼のカメラがボロボロに汚れていたのは、印象に残っている。
ブラジルでは、いきなり後ろから角棒で殴られ、数人に殴る蹴るされたが、
カメラを握る手だけは離さないでこらえた、と苦労話をしてくれた彼が、
中央アジアが一番難易度が高い、と、ため息をついた時には意外に感じた。
(→ジンのブログ



そして、モーゼスはシンガポール人の学生だ。
両親がそれぞれ中華系と印度系。シンガポールの縮図のような血筋だ。
とっても社交的。
あらゆる国籍が集まっていたサマルカンドの宿でも、
初対面だろうが誰彼かまわず、笑顔でさらりと話しかける。
ああ、さすがシンガポールと思った。
僕が、“シンガポール人の旅人に会うことは珍しいな。
最近の若いシンガポール人はこんな旅をするの?”と率直に聞いたら、
“全くいないよ” と答えた。
彼はイスタンブルからシルクロードを辿って国を目指すルートで旅してたが、
出発前に、親御さんから日程表の提出を命じられたという話をしてくれた。
実際に見せてもらった日程表には何月何日どこの街に滞在する、と、
ツアーの日程表もかくやと、うなるほどに細かい予定が6ヶ月分記されていた。



三者三様。



いや、自分も入れて、四者なのか。
自分はどのように記憶されているのだろうか?



冬にタジキスタンを訪れたときは、
だいぶ気合を入れないと進む気になれなかったので、
旅は総力戦だなぁ、なんてふと思ったのを覚えている。

人それぞれ得手不得手はあるわけで。

取引を有利にする交渉力だったり、
愛想良く人と仲良くなる力だったり、
言語を駆使する力だったり、
ごりごり押し進む気力・体力だったり、
色んなものを組み合わせて、その人なりの旅のスタイルが出来上がるようだ。



一人旅ってのは、独りでしてるから、
そんなスタイルがいつしか硬直化してマンネリするのは避けられないのだろうな。
人のふり見て我がふり直せ、と言うのは、こういう時のためにある言葉かも知れない。

たまにはパーティを組んで行くのも面白いものだ。









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