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49年目の一揆  (チベットメモ6)

2009.02.15 ▲チベット
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2008年「3月」、チベットで一揆が起きた。

一部映像は、日本国内のテレビでも放映された。
ラサ市街の漢族商店を狙って火をつけるチベット人を映した映像は、
しかし、多分に中国共産党寄りの解釈に基づくものだった。

そうなったいきさつは、こうである。

2008年夏の北京オリンピックは、開放・解放後の一大画期。
共産党としては、成功させない訳にはいかないイベントである。
もちろん、情報統制は共産党のお手の物。
それに加えて、オリンピックの放映権の問題があった。
日本を含む諸外国のメディアからすれば、
莫大な利益を左右するオリンピックの放映権は、死活問題。
共産党のお気に召さない情報を流したメディアは、当然、放映権にありつけない。

かくして、08年3月のチベタン一揆は、
北京五輪を華やかに演出しようという共産党の意図の下、もみ消された。


※なお、1959年「3月28日」は、
 チベタンサイドでいうところの、ダライラマ14世が亡命した日。
 中国サイドからいわせると、「西蔵解放」「百万農奴解放」の日。
 いずれにしても重要な日であり、まもなく50周年を迎える。
 昨年の一揆が起きたのも3月である。


事実はこうである。
首都ラサの大僧院セラ寺やデプン寺
(日本でいったら東大寺や清水寺みたいな由緒ある寺)では、
電気、水道を止めるという兵糧攻めにあい、
ふらふらになって出てきたお坊さんたちが、一網打尽に捕らえられた。
その数、数百人という。

集団デモは、ラサを始めとしたチベット文化圏各地で起きた。
捕らえられた者、負傷した者は数知れず。
死者もかなりの数出た。
死因は、撲殺、射殺、拷問死である。

死者数は、
中国側発表で20名、
亡命政府側発表で200名に上る。


未だに獄に繋がれているお坊さんの数も多い。


とあるチベタン男性はこう言った。
「ラサのセラ寺は、この一年ですごいハイテクになったんだよ。
 なぜって、寺じゅうにカメラが備え付けられたからさ。監視用の。」


今でも、街中にわんさかいる軍隊の写真を撮ることは、実は禁じられている。
僕の場合も、これまで全部が盗撮だ。
一度しらっとドアップで撮ってみたら怒られた。
僕の場合、中国人に見えるから、
若い兵士に「君を取ってるんじゃないよ~」と、ひとこと言ったら許されたが、
同宿の西洋人は、兵士立会いのもとメモリーを徹底的に消去させられていた。

つまり、国外には一切見せたくない光景ということだ。

だから、今回は、あえて、
兵士の写真全開でいきます。



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[街の中、こっちにも、]

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[あっちにも、]

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[かっぽ!闊歩!]





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