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ドゥシャンベ中華網  [タジキスタン]





4度目のドゥシャンベは、
サマルカンドの宿で意気投合したイスラエル人の旅人と訪れた。

いつもは、市内中心部に泊まっていたのだが、
今回は趣向をかえて市北のツェメント・ザヴォート方面へ行く途中の
ワルゾーブ・バザール近くの宿に泊まった。
旅行会社も兼ねているここの宿のオーナーはタジク人だが、
日常的なことを任されているのは、中国人の女の子だった。

宿近くの交差点には大きな中華料理屋もある。
同行の友人は中国を旅したことがあり、中華のファンだ。
覗いてみようということで店に入り、
店員に挨拶をしてメニューを見せてもらった。
賑わっている店内の喧騒が一瞬遠ざかり、二人して目を合わせた。
(た、たかい…)
店員に対しては 「う、うまそうだね。今度食べに来るよ」 なんて
中国人っぽいメンツの保ち方をなるべく心掛けて、店を後にした。

結局、交差点向かいの半屋外のレストランで、ケバブとショルポをいただいた。
タジク人と言えども呑む人はウォッカで乾杯してる横から流れるアザーンの声を聴きながら。



ドゥシャンベでやらなければいけないのは、
バダフシャン自治州への入境許可証を取得すること。

二日目さっそく中央オヴィール(外国人登録事務所)へ赴いた。
一通りの手順をクリアし、窓口へたどり着いたが、
50ソモニと言われた。手数料は5ソモニと聞いていたから10倍だ。
なぜそんなに高いのだ?と声高に訊ねると、
いやなら結構、と、権威主義の権化のような表情で言われ、
その後は取りつく島もないような始末。
(ああ、そうか、今のは個人的な賄賂の要求だったのか。
 大声出したのがマズかった…)
と気付いた時には時遅し。

仕方がないので、他のオヴィールを当たることにした。
この辺の役所での申請方法はだいたい同じみたいで、
最初の受付で要件を言い、手数料(印紙代)を払うと、
請求書を代書してくれ、次の窓口を指定してくれる。
最初の受付は行政書士のような役割なのだろう。

ここでも最初の手順は難なくクリアし、
受付で指定された窓口へとおもむいた。

並ぶほどの人間もいないので、(簡単だ)と思ったのもつかの間、
窓の向こう側には人がいるにも関わらず、こちらに対応しようとしてくれない。
閉じていたり休憩中の訳でないのは、横から入ってくる人に対応しているので明白。
意図的に無視されているようだ。
(ここも賄賂なんだろか? 
いや、しかし、そうだとしたら金額くらい言うだろ。訳が分からない。)

現地人に聞いてみても、じゃあっちの窓口だと言うだけだ。
一応トライしてみる。 
ってことで、窓口①と④を何度往復したことやら。
しかし、何度トライしてもダメなものはダメだ。



友人がそのうち気を利かせて、英語が話せる人を路上で見つけてきてくれた。
中国人の学生だった。
ウルムチ出身の彼は、医者の父とともに、ロシアやタジキスタンに暮らして久しく、
ロシア語堪能。今はドゥシャンベの大学に学ぶ、という。
彼の話を聞いているうちに、許可証のことそっちのけで、
ウルムチにはこんな国籍無用な人間が育つのだなあ、と妙に感心してしまった。

彼の登場で助かったのは、英語が通じるということ以上のものだった。
彼はオヴィールに知り合いがいると言って、その知り合いに掛け合ってくれた。
また、友人の車を呼び出し、これまた他の事務所へ一緒に行き、掛け合ってくれた。

こういう時の中国人のネットワークは非常に助かる。
ネットワークの上に一度乗ってしまえば、全てが円滑に進む。
しかし、中国では何度も世話になったものではあるが、ここタジクでまさか、という感じだったが。

タジク人の友達がウルムチの彼に、
「中国と日本はあれなんじゃないのか?」とこっそり聞いていたのが聞こえた。
(本来は仲が悪いんじゃないの?と聞いているのが分かった)
彼は、いやまあ、こういう時はね、と流していた。
「こういう時」
ただ路上でいきなり頼みこんだだけなのに。





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イロのある世界  [タジキスタン]





春に再訪したタジキスタン。
山は緑で、花は紅い。

車が山を越えていく。
車窓から眺める景色だけでも飽きない。
ふだん花を愛でる習慣は無いのだけど、
よく詩に歌われる春の息吹とはこういうことなのかな。
咲き乱れるポピーは綺麗だった。

道は険しく渓流を沿って進み、たまに集落が現われる。
その全てが風景画に収まっているような姿でたたずんでいる。

こころにすーっと染み込んでくる。
雪山も悪くはなかったが、
やっぱり色が必要だ。







青い空、緑の平原、赤い花。







谷沿いを進んでいるとたまに集落が現われる。
たいがいの村が緑に豊かに囲まれている。






車窓からとっさに撮った羊飼い。後で見たらカメラ目線だった。







こういう景色にぐっとくるのは、ただの偏愛なんでしょうか。



さて、ウズベキスタンとタジキスタンを何度も行き来してますが、
今日から数回、春に再訪したときのタジクの様子をお伝えします。



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謹賀新年 from ウクライナ

2012.01.02 ・雑記帳
明けましておめでとうございます。

いつものことながら、旧年を振り返ってみれば、
色んな方々からお世話になったな、と、つくづく感謝の一年でした。

昨年の元旦はグルジアのテラヴィで焼豚とワイン三昧でした。
3月11日の震災はイラクのエルビルで地元人に教えてもらった。
震災について、神を信じてないから罰が当たったのだ、と言われたときには腹も立ったが、
でも、多くの人が日本は大丈夫かと心配してくれるのは心底有難いと思いました。
どの国でも良い出会いがあって、その国を知るために色んな人に助けてもらいました。

今年の年越しはウクライナのルヴィヴという街でした。
まさかの3年連続、旧ソ連圏での年越し。
今年は(今年も?)、同宿者のウクライナ人、ロシア人、ポーランド人とともに、
酒を飲みながらの愉快な年越しとなりました。
ロシア人と言っても出身がタジクのドゥシャンベだったり、グルジアのトビリシだったり、
はたまたシベリアだったりと様々です。
1時間ごとに縁のある土地が新年を迎える度に、乾杯となります。
呑みながら祝うってのは良いものです。


さて、ブログの方ですが、時差は開く一方ですね…
今掲載中のウズベキスタンのあと、

タジキスタン>ウズベキスタン>トゥルクメニスタン>イラン>アルメニア
>グルジア>アゼルバイジャン>グルジア>トルコ>キプロス>トルコ>東欧諸国

と移動してきてるわけですが…
下の地図で見ると、カザフスタンとアフガニスタンの間がウズベキスタン、タジキスタンですので、
ちょうど大陸の真ん中です。ここまでしかまだ書いてない…
つまり、これからもまだまだ書くことがあるようです。




より大きな地図で 仕立屋の辿ってきた道 を表示



というわけで、
本年もどうぞ宜しくお願い致します!



仕立屋





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サマルカンドのタクシードライバー



サマルカンドのタクシードライバー。

夜ほっつき歩いてたら、撮ってくれと言われた。
この町の人は皆、ずいぶん人懐っこい。
レギスタンの警備の警官も(賄賂払えば)安く入場出来るよ、と声を掛けてくるし。
なんだかのんびりしてる。




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サマルカンド建築案内 第四回 【シャーヒ・ズィンダ】





シャーヒ・ズィンダ。

アラブ・イスラム帝国の侵攻後、この辺りはイスラム化が進むこととなった。
預言者ムハンマドのいとこクサムは当地まで布教に訪れたが、異教徒によって殺された。
が、クサムはしかし実は生き続けている、という言い伝えが、
まことしやかに流布するようになり、この地は聖地となった。
ペルシア語で「シャーヒ・ズィンダ」=生ける王と呼ばれる所以である。









後にティムール一族の廟もこの地に建てられることとなり、
あたかも繁華な街のように壮麗な廟が立ち並ぶ。









聖地ゆえ訪れる人も正装だ。









廟の中の装飾も綺麗です。
無数にある廟は、外も内も各々が凝った造り。
日光東照宮を思わせるような壮麗な趣がある。







青は、青の都サマルカンドのイメージカラー。


ここはサマルカンドで一番綺麗な場所かもしれない。
と思ったのは、
サマルカンド最後の日に訪れたからかな。





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「サマルカンド建築案内」
第一回 【アフロスィヤーブの丘】 
第二回 【ティムール建築】    
第三回 【レギスタン】      
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